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2009年07月 アーカイブ

2009年07月03日

“FIAvsFOTA”の権力抗争はまだまだ終結が見えない!?

権力抗争というものは、そう簡単には終わらない。6月24日、世界モータースポーツ評議会以降、FIA(国際自動車連盟)とFOTA(フォーミュラ1チームズ・アソシエーション)の“バトル”は、どちらが勝ったとか負けたとかの報道が各国メディアでは飛び交っているが、そう締めくくるのはまだ早い。両者の抗争はまだまだ続いている――。

そう書いている最中にも、FIA会長のマックス(モズレー)さんは、F1分裂回避のために退任を発表しておきながら、突如前言を翻し10月にある会長選に5期目“出馬”をにおわせ、FOTA牽制再攻撃に転じ始めた。彼はどこかの国の大統領や総理大臣などよりはるかに政治術に長けている。その趣味や性癖はともかく、我々常人の想像を超えた権力志向の強い人物だけに、そう簡単に権力の座を明け渡すとは思えない。最近ほとんどサーキットには来ていなかったが、たまに生でお見かけすると、その表情、顔色には歴史上に存在したあの“ドクサイシャ”のようなオーラが漂っていてびっくりすることがある(これ以上は書けない。皆さん、勝手にイメージして胸の中に収めておいて!)。

実はマックスさんも、F1の商業面を支配するFOM(フォーミュラワン・マネージメント)のバーニーさん(エクレストン会長)も、ルカ(モンテゼーモロ・FOTA会長)も70~80年代には同じ“土俵”、サーキットにいた。新興マーチ創立メンバーの一人、名門ブラバムの代表、伝統フェラーリ率いる青年監督、というそれぞれの立場でレースに没頭していた3人は、四半世紀を経て今日のポジションまで上り詰めてきたのだ。 
だから、今回の権力抗争は宿命的な<3者対決物語>なのである。

マックスさんは英国新興チームを旗揚げした70年にいまのブラウンみたいに初年度優勝を収め、マーチは複数チームにシャシーをカスタマーカーとして販売、F1だけでなく他のカテゴリーでもビジネスシェアを拡大していった(主に彼は経営管理や法律部門が担当でエンジニアではない)。今回、FIA会長として新興プライベートチームを手厚く迎える新規定を掲げ、一方でメーカー系チームと対決し、“追い出し”に走った背景には彼のルーツである70年代にとった行動様式が見事にダブって映る。

「レースとはコンストラクターに主導権があり、メーカーはエンジン供給していればよく、チームが多いほど業界内は繁栄し、カスタマーカーを買ってF3上がりの振興勢力がステップアップしてくるのもまたよし…。英国レースビジネスはそうやって潤い、国家的産業のひとつにまで発展してきたのだ」というのが、たぶんマックスさんの“自己中心的モータースポーツ観”なのだ。だからレースそのものには醒めていて、それはいまも変わりはないと聞いている。前に鈴鹿で佐藤琢磨君が大観衆を総立ちにさせる走りを見せたとき、この人はただ漠然とその様子を眺めていたというのは、有名な話だ。それほど、コース上のバトルには興味がないらしい。

ルカさんもいまやフェラーリ社長である。あの創業者エンゾ・フェラーリの直系といっても過言ではないラテン熱血派のやり手だ。21世紀フェラーリは度隊バーのミハイル・シューマッハ、チーム代表のジャン・トッド、テクニカルディレクターのロス・ブラウン、デザイナーのローリー・バーンら“外人部隊”によって長く栄光が続いてきた。しかし彼はスクーデリア・イタリアとして70年代の原点に戻り、イタリア人によるイタリア人のためのフェラーリを求めて、トッド体制を一掃した。トッド監督はこれまでFIA会長ととてもうまくやってきたのに、もう不必要と断を下したのだ(複雑になるがトッドが消えた途端にFIAとの抗争が勃発している)。そして一時的な成績低下は覚悟の上で、イタリア中心主義を本格スタートした矢先にマックスさんとの“全面対決”になっていった。負けても勝ってもフェラーリ・チームはスーパースター、グランプリレースのシンボル、絶対のプレゼンスというのがルカさんの“スクーデリア中心的モータースポーツ観”だ。だから率先してトヨタ、メルセデス、ルノー、BMWをまとめてFOTAとしてここまで引っ張って来たのである(この人でなければ到底できなかったろう)。

ではバーニーさんはというと、これはもうはっきりしている。“国際マネー中心的モータースポーツ観”である。響きはよくないかもしれないがゴッドファーザー、“ドン・エクレストーネ”である。
オイルダラー、アラブマネー、投資ファンド、円も元もウオンも好み、ハイドパーク公園にある事務所のテーブルに積まれれば、どの国にもF1サーカスを“人材派遣”する。その一方で、今回の論争に関して渦中にいながら、実は本質に切り込んだ公式コメントを何も語ってはいない。一歩引いたスタンスを取っているのがいかにも大物の彼らしい。

これから迎えるFIA対FOTAバトルの最終局面は、はたしてどう動くか。僕はこれまでの権力抗争を眼鏡の奥から見つめてきたバーニーさんが、最後の最後にどちらかのスイッチを切るか、あるいはボタンを押すのではないかと予想している。
「どちらも自分抜きには世界規模の興行はできっこないさ」――。
喜寿を過ぎても背筋を伸ばしてサーキットを歩き回り、現場スタッフに指示を飛ばす、生涯一人身となったキーパーソン。愛する者たちが次々と去って行き、最後の“レース屋”となった彼が、ありったけの愛情をこの彷徨えるフォーミュラ・ワンに注ぐかのように、最後の大仕事を覚悟している。そんなふうに僕には見えるのだ。

20年以上通っていても、やっぱりイギリスは美味しくない!?

いまやF1最北端GPレース開催地となったシルバーストーン。ロンドンから北へM40高速で1時間半、田園地帯にある。今年は開催60周年でもあり、来年はドニントンへ移る予定なので金曜から8万5000人、土曜10万5000人、日曜12万人、合計31万人が詰め掛けた。モータースポーツのウインブドンと思ってください。最近15年では最高の入りで、90年代に地元ナイジェル・マンセルがセナやプロストと争った時代にはもっと入ったが久々の満員にびっくり。僕は“目安”としてトイレの行列の長さで観客数を読む。日曜は男子トイレですら100mの長さ(!)、女子はその何倍も渦を巻いて繋がって心配になったくらい。当然、オバサマF1ファンも多く、J・バトンが日本系のガールフレンドと付き合っていることは皆さんよくご存知、ゴシップやスキャンダルに敏感なのがこの国の紳士、淑女たちなのだ。

シルバーストーンへは、もう20年以上通っているがメシはまったく“進化”がない。ホットドッグや、ハンバーガーにしても素材の味がまったくしない。塩味のまるでないソーセージなんて考えられますか?(どうやって保存するの・・)。最近「イギリスは美味い!」みたいな本が出回っているが僕は全否定する。そりゃあロンドンとかごくごく一部の店にグルメジャーナリストとしての発見はあるかもしれないが、もっと正直に失敗談を書かねばジャーナリストではない。

食に期待してはいけないこの国で、信じていいのは中国人がまじめにやっている中華料理屋くらいだろう(インド・レストランも裏切られることが多いので要注意)。
シルバーストーン近くのなじみの中華屋のマダムが言っていた。「私たちも北京から来て苦労しました。味をどんどん薄く、盛り付けを華やかにすればするほど、お客さんが来るようになりましたよ」と。日頃の鬱憤がたまっていたのかオーダーした料理はどれも本格こってり味で、カレーライスをまったく日本風にして出してくれたのには驚いた。

地元スーパーに買出しに行った。ホテルではなくアパートに泊まっていたので自炊ができる。惣菜の味付けを適当にやり直して食事をしながらゴールデンタイムにやっているTV料理番組を見て驚いた。昔の「料理の鉄人」どころか、「SMAP☓SMAPスマ・スマ」の足元にも到底およばない陳腐なものばかり。値段だけ高いモノを何十年も食べているから、いまのFIA会長さんみたいな突飛な人物も出来上がるのだろうか。テレビを見ながらそんな気持ちになった。

人間は味覚によって育ち、酸いも甘いも知って、人格が形成されていく。いまこそイギリスはもっともっと美味くならないと、大英帝国の遺産を食い潰しかねないことになる(それにしてもここ2,3年でUSA並みに肥満人が猛烈に増加しているのには驚くばかりだ)。

もはやこの国には古きよき生粋の英国車ブランドも走っていない。今回借りたレンタカーはKIAのソウルという全く未知の韓国車種だった。いまも1967年型モーリス・ミニ・クーパーS(MK1)を大切に保存している僕としては、毎年イギリスGPに行くたびに暗澹たる思いになるのがとてもつらい。

第9回クロストークイベント開催のお知らせ

僕が毎年2回、F1ファンとの交流の場として開催しているトークイベント『第9回今宮純クロストーク・ミーティング』を来る8月8日に開催します。

激動の09年F1です。60年を迎えた世界選手権は今シーズン、ブラウンの独走に始まり、FIAとFOTAの“対立”抗争勃発によって迷走が続いています。ファンの存在を無視したこの権力闘争に対し、僕は内心怒りを感じながら現場取材を続けています。

新2強がのし上がり、旧2強時代が完全崩壊していくコース上のバトルに集中すべき展開となっているだけに、それをスポイルする抗争にはNO!というべきです。イギリスGPには31万人がシルバーストーンに集結しました。中にははっきりと混乱した現状を否定するメッセージを掲げるファンもいましたが、S・ベッテルのゴールインには大歓声で迎えるシーンが見られました。英国人にとって期待したJ・バトンが今年も苦戦し苦々しい思いのはずなのに、それでも見応えあるレースにはスタンディング・オベーションで応えた彼らはさすがです。

7月で10戦を終え、チャンピオンシップは終盤に突入して行きます。バトン対ベッテル、ブラウン対レッドブルの真夏の攻防にあらためて注目してみましょう。政争問題について皆さんのご意見を直接伺うとともに、2009年後半戦シリーズや3年ぶり開催鈴鹿・日本GPの見るべきポイント、さらには2010年への展望なども含めて大いに語り合いましょう。
末広がりの8月8日、ポジティブな「F1 LOVERS DAY」にしようと、事務局メンバーともども企画内容を練っていきます。ご期待下さい。 

今宮 純

◆今宮純トークイベント運営事務局より◆
第9回今宮純クロストークミーティングの概要は以下のとおりです。
参加者募集は7月10日(金曜日)より下記の公式サイトで開始いたします。
お待ち下さい!
          
         記

日 時:2009年8月8日 14:00~16:30
会 場:東京青山「ホテルフロラシオン青山」
ゲスト:浜島裕英ブリヂストン MS・MCタイヤ開発本部長
募集人数:150名 
応募先:今宮純公式Webサイト:http://www.f1world.jp/

以上

2009年07月24日

第9戦ドイツGPはレッドブル・ウェバーが悲願の初優勝!

ブルブル震えるほど寒く冷たいニュルブルクリンクで、レッドブルがイギリスGPに続いて2戦連続で1-2フィニッシュ。シルバーストーンのS・ベッテルに続き、8年目のM・ウェバーがようやく初勝利を手にすることができた。獲れそうで獲れなかったPPを決め、独走ですんなり悲願達成かと、スタート前はイメージしていたのだが。
簡単にはグランプリウイナーにはなれない――。改めてそう感じたレースを分析しよう。

お気づきの方もいただろうがレッドブル・ルノーはスタートダッシュがよくない。いまこのマシンが抱える唯一のウイークポイントがそれだ(ルノーも同様で、ともにエンジンを含めシステムに改善の余地がある)。僕はスタートラインの真ん前、新設された6番コメンタリーブースでTV画面ではなく、目視でスタートの一瞬に注目、集中した。その目の前でまるでロケット発射のような勢いで発進したのは3列目6位にいたマクラーレンのL・ハミルトンだった。KERS付きのマシンだから云々という以前に彼の蹴り出しはぴったりで、機械というより人間の能力で決めたロケットスタートだった(この最初の“キック”がよかったから、さらにKERSパワーが威力を発揮できたのだ)。

PPスタートのウェバーは、まさか6位のハミルトンがぐんぐん左から迫って来るとは思っていなかったのだろう。ミラーでそれを確認した彼は、「まずい!」とばかりに、1コーナーに対してイン側をキープしようと右に動いた。この判断そのものは悪くはなかった。だがすぐ右にはR・バリチェロがいた。ブラウンGPのマシンにはKERSはないが、グリップの劣る2位グリッドからでも、マクラーレンとまったく同等のパワーを発揮するメルセデス・エンジンによって彼は一気に伸びてきていたのだ。

客観的に見てデビューした頃からウェバーは“接触”が多いドライバーの一人だ。僕が取材した何人かのドライバーが「彼は予想がつかないとっさの動きをすることがある」と証言している。あえて言わせてもらうと、ウェバーは接近戦でひとつの動きに過敏に反応するあまり、他の動きに対するリアクションが遅れる傾向があるのではないか。
「スタート時に重要なのはワイドな視野があるかないかだ」――。
これは、1000馬力ターボ時代にA・セナが僕に教えてくれた言葉だ。当時のF1ではスタートで事故が多発していた。ターボパワーがドカーンと爆発する瞬間、「周りがよく見えなくなる者がいる」と彼は言いたかったようだ。

話を戻そう。ウェバーは決して故意ではなく右にいたバリチェロのマシンに当たってしまった。その衝撃で2人がアクセルを緩めた瞬間、ハミルトンがものの見事に2人をかわして先頭に躍り出たのである。しかし望外と言っていいスタートダッシュに有頂天になったのか、次の1コーナーに飛び込むためのブレーキングポイントが遅れた。
「あの速度では1コーナーを回れない」――。
そう僕が予感したとおり、彼のマシンはオーバーランを余儀なくされ、さらにウェバーの左フロントウイング先端に自分の右リアタイヤをわずかに接触、鋭いナイフで切り裂かれるごとくサイドがカットされ、エアが噴出して瞬間的にパンクを起し、万事休すとなってしまった。

もし超スローVTRリプレイ画面がきていたら、中継でもここに書いたような「勝負の一瞬」を克明に追って解説することが出来たかもしれない。ともあれ、ウェバーはスタートで出遅れ、バリチェロに当たり、ハミルトンと接触するという「三つのピンチ」に晒された。だがここから彼は立ち上がり、14周目にペナルティーのピット・ドライブスルーを科せられたものの、それさえも克服、ひたすら挽回に集中して60周目にチェッカーフラッグを受けたのである。

「初勝利のレースはそれまでのどのレースよりも長い」――。
過去の優勝経験者の誰もが言う言葉を、ウェバーも噛み締めたことだろう。
パドックではチーム全員が揃って待ち構え、2位に終わったベッテルも先輩を祝福するためにスタンバイしていた。1時間経ってやっとインタビューから開放されたウェバーが走ってくると、シルバーストーンに続いてシャンパンが一斉に抜かれ、パドックに勝どきの声が上がった。

一方この頃、レッドブルから50メートルも離れていないブラウンGPのモーターホーム内では“大ベテラン”がチーム批判を繰り返していた。メカニックたちが黙々と撤収作業をしている最中にである。自己ベストラップが11位でBMW勢よりも遅かったことはタナに上げ、マシンやスタッフを責める態度はいかがなものか。こういう発言はチームのモラルを下げるだけだ。最近“大ベテラン”は人が変わったようで、93年のデビューから彼を見ている自分はとても残念でならない…。
 
残りは8レース。ポイントではブラウンGPがトップにいるが、レッドブル・チームは“結束力”で完全にブラウンGPを抜き去った。きれいな夕焼けを見ながら僕はそう確信した。 

久しぶりにパリから530Km走っていきました

今年のドイツGPは、2年ぶりのニュルブルクリンク・サーキット(ベルギーに近いアイフェル山中にあります)。この国では昨年からホッケンハイムと交代に開催することになって、久しぶりにパリから530Km走っていきました。

途中ルクセンブルグを通過、この国はガソリンがヨーロッパでもっとも安いのでスタンドは長い行列。僕もピットインして、オペルの小さなディーゼルエンジン仕様のレンタカーを満タンに、1リッター0.8ユーロ以下でフランス国内よりも3割安(!)。日本ではディーゼルに“偏見”があるようですが、エンジン音は静かだし、燃費もリッター18Kmはいくし、いつもハーツにリクエストしていますが引っ張りだこでなかなか“在庫車”がないほど。7月に入ってバカンス・シーズンなので特にそうです。

「またやってるな」――。
フランス国内では高速道路でスピード違反取締りを頻繁にやっています。有料区間の料金所手前は要注意。ポリスは脇の横道、あるいは高速道路の外側の畑などにいて、スピードガンのようなモノで狙っているのです。無線で先の料金所にいる別のポリスにナンバーを連絡、料金を払ったところで「こちらにいらっしゃい」となるわけ。

罰金は現金払い、クレジットカードは不可です。抗議しても一切受け付けてはくれない。事務的な対応に従えば手間は掛からず、彼らも丁寧な態度で「メルシ・ボク」で放免になるとのこと。これはあるF1ドライバーの経験談です。
日本の昔の“ネズミ捕り”とは違いますが、巧妙に隠れているので、検挙率は高いらしい。パリを出たこの日もやっていて、僕はオペルのクルーズコントロールを法定速度130Km(雨の日は110Km)の10Km増しにセット、140Kmで走っていてキャッチされずに済みましたが……。

ルクセンブルグ、ドイツではこれはやっていません(知る限りにおいて)。でも流れは速く、150Km以上でなかには200Km/hオーバーの飛ばし屋もいて、フランスから来るとバンバン抜かれます。ドイツでもアウトバーンの速度制限無し区間は少なくなっていて、ニュルブル周辺はフランスと同じ130Km。それでも実際はプラス20Kmのハイペースが日常の流れです。日本とは大違い、530Kmをほぼ5時間半、途中ワンストップしてもアベレージ100Kmでいけるので、飛行機を乗り継ぐ待ち時間を含めると車移動のほうが安くて便利。空港内でのセキュリティーチェックもわずらわしいし、僕はベルギーGPのスパ・フランコルシャン・サーキットも車移動にしています。スピード・チェックには十分気をつけながら。 

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