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2009年10月 アーカイブ

2009年10月13日

シンガポール~鈴鹿2連戦は、F1史上最も過酷な毎日だった。

今年、このシンガポールGPと鈴鹿・日本GPの2連戦の日程が発表されたとき、かつてないハードスケジュールに間違いなく“病人”が出ると思ったら案の定、J・トゥルーリとT・グロック(よりによってトヨタ・チーム二人)がそうなった。彼らを責める気は毛頭ないがアスリートとして僕らよりも十分注意し、専任ドクターやトレーナーを随行させていても体調を崩してしまうほど、きつかったということをあらためて知ってほしい。ほんと、この2連戦はF1史上最も過酷な毎日だった。

だからこそ若い24歳のL・ハミルトン(マクラーレン)がシンガポールGPを、22歳のS・ベッテル(レッドブル)が日本GPを颯爽と走り勝ってしまったといったら、「何だそうだったのか?」と言われるかもしれない。実際にタイトルをほぼ確定していた29歳、J・バトン(ブラウンGP)は二人に比べれば(アスリート年齢的には掛ける1.5倍で)10歳以上、年上になる。さらにバトンには、チャンピオンシップへのプレッシャーや疲れもあったはずだ。はなからベストには程遠い状態だった彼は、あるいは日本は流し、次に勝負をかけようと思っていたのかもしれない。そういう意味で、この2連戦を総括すると<若さの勝利>とも言えるだろう。

誰もあまり指摘しないがアスリートにとって、これほどコンディショニング調整が理論的に成り立たない競技も珍しい。各国時差はもちろん、その移動距離、現地気候の違いなど、ほかのプロスポーツではありえないほど、F1は転戦の連続だ。シンガポールで2回目の開催となったナイトレースの現場では、金曜日からずっと“徹夜”態勢の深夜労働が続いた。ドライバーもミーティングなどあって、わざわざ調整のために夜更かしをして“不健康な”生活を送っていた者もいる。その次の日本GPが昨年のように2週間後ならば“調整期間”がたっぷりあるからそれでもよかったのだが、今年は連戦で鈴鹿へ移動しなければならない。

シンガポールで深夜時間(ヨーロッパ昼時間)に合わせた直後、ヨーロッパと7時間時差になる日本タイムに一気に合わせなければならない、昼夜逆転だ。しかもそこに5000Km以上の飛行機移動時間がある。たまたま僕はシンガポールから成田までバトン、ハミルトン、ベッテル、K・ライコネン(フェラーリ)らと一緒のJAL便になった。月曜夜の夜行フライトで出発は10時40分、成田到着は火曜朝6時35分で正味6時間55分だ。僕は機内食も酒類もノーサンクスで寝ることにした。でも、昨日までこの夜中時間帯にサーキットで真昼のごとく仕事をしていたわけだから、いざ眠ろうとしても眠れるものではない。うとうとした程度で成田着陸だ。そこから彼らがどうしたかは分からないが、僕はとっとと東京の家に戻って仮眠、でも原稿が気になってなかなか休めない。仕方なく起き上がって原稿に向かい、結局深夜までかかってしまった。

結局、自宅滞在時間は30時間ほど。翌日、水曜午後には再度荷造りをして、自分の車で鈴鹿に向け出発。ところがこういうときに限って東名の厚木で事故が発生し渋滞に。ウェットコンディションの中、ノーストップで鈴鹿に着いたのは夜10時、すぐになじみの店に電話をしたら「もう閉店しました」と言われてがっくり。仕方ないのでホテルの自動販売機のビールでも飲んで寝ようと決める。この夜“爆睡”しておかないとゆっくり寝る時間はもうないと思い、ベッドに転がりこんだ鈴鹿ファーストナイト。3年ぶりに泊まるホテルの寝心地は、以前と何も変わりはなかった。

<続く>

2009年10月23日

シンガポール~鈴鹿2連戦は、F1史上最も過酷な毎日だった Part2

鈴鹿は今のシルバーストーンによく似ている。高速コーナーが次々に連なっていて、平均スピードも時速230キロでほぼ等しく、ドライバーにとって攻める“リズム”が一緒だ。そう感じ取れればマシンセットアップのベースもおのずと決まってくる。あとは若干、鈴鹿向きにモディファイを加えればいい。

今年の第8戦イギリスGPでJ・バトンの連勝を止めたのはS・ベッテル。彼のレッドブルは完璧にシルバーストーンにフィットし、無敵のPPウイン・最速ラップで突っ走った。あまりの速さにバトンとR・ブラウン代表はショックを受け、あそこから“スランプ状態”に落ちていったのは皆さんよくご存知だろう。

僕が早い段階から今年3年ぶりとなる鈴鹿・日本GPの本命にベッテルを指名したのは単なる“マイ・カンピューター”の導き出した答なのだが、そのカンピューターには長年F1を見続けてきた経験値が蓄積されており、そこから客観的に弾き出されたものに過ぎない。だから、根拠は何かといわれれば、自分の経験に裏打ちされた目で見た結果と答える以外にないのだが、その僕の目に、鈴鹿初日時点で「ここでは勝負にならない」とバトンもR・ブラウン代表も消極的になっていった様子が、よく分かった。

例えばコース脇で見ていると、バトンは心理状態が読みやすいタイプのドライバーで、何が何でも行くぞというときにはコクピットでヘルメットが自然と前傾姿勢になってくる。そうでもないときは(マシンが決まらないときなど)、後ろ寄りというか頭の位置が前のめりになってこないのだが、この鈴鹿で見たバトンには何が何でもの前傾姿勢が、残念ながら見られなかった。君子は危うい勝負には出ないもの。ドライバーの性格として、また策士エンジニアの性格としても、両者は鈴鹿で決めるにはリスクが高すぎると思い、最低限入賞さえできればいいと悟ったのだろう。

その結果、予選10位、決勝8位でバトンは1点加算。予選PP、全周回トップで優勝したベッテルは満点の10点。10-1=9点減らしただけのバトンは85対69点で鈴鹿を流して済ませたのだ。
「ここ鈴鹿で決める気はなかったんだ」と強気に公言してみせたポイントリーダーに対し、ベッテルは「鈴鹿は最高のコース、神の手で作られたサーキットだ」と名言を吐いた。まるで昔、「鈴鹿で神を見た」と発言したA・セナのような形容である。そんなコメントと圧倒的な速さに魅せられたのだろうか、日増しに鈴鹿でベッテル・ファンが増えていくのが自分にも感じられた。逆にホンダ時代からのバトン・ファンは醒めていき、誰がいま一番コース上で速いのか、攻めに徹しているのか、ポイント数ではない<現実の最速者>を目の当たりにしたいと思っていたファンの多くを失望させてしまった。

正直言ってバトンがもう少し鈴鹿・日本GPにこだわり、敵が速いのは承知の上でプライドをどこかで見せてくれるたら……。そう思う一方で、彼はそういうがむしゃらな走り、一か八か切り込んでいく勝負を、カートレースの少年時代からとても嫌うドライバーだったということも頭をよぎる。
それはタイトル目前のここまできても変わりはなかった。
「きっとジェンソンはブラジルでもまた“彼らしい”レースを貫き、しかしそこでもし決められなかったら、最終戦アブダビではとんでもない結末になる――。」
初めてのタイトルだからこそ守って獲るべきではなく、最後は何が何でも攻めて獲りに行かなくてはならない。鈴鹿からの帰り道、東名集中工事のために8時間もかかった車内で僕はいろいろ考えさせられたのだった。
<終わり>

2009年10月27日

ブラジルGPは静かなチャンピオン決定戦だった。

朝からサンバのリズムが鳴り響いていたインテルラゴス・サーキッット。すでに皆さんもご存知のように、ブラウンGPのJ・バトンが5位に入り、初のワールドチャンピオンに輝いている。だが終わってみれば、もの静かなチャンピオン決定戦だった。歓喜も、喝采も、現場にいた僕の耳には届いてこなかった。放送席から出て1コーナー・ブリッジを渡ってパドックに戻ろうとした時、さっきまでスタンドで騒いでいた観客が忽然と消え、一人もいなくなっていた。彼らが放り投げたシートクッションだけがコース上に散乱、喧騒の後を留めていた。1時間後、ぱらぱらと雨が落ちてきてインテルラゴスはひんやりとした空気で満たされた。そう、こういう冷たい終わり方こそ2009年には最もふさわしいのかもしれない……。

まずレースを振り返ってみよう。
第16戦ブラジルGPまでを真っ二つに割って、その前期後期の得点バランスを表すとこうなる(第1戦から第8戦までと、第9戦から第16戦までの合計点)。

1位:Jバトン     64+25=89点
2位:S・ベッテル   39+35=74点
3位:R・バリチェロ  41+31=72点
4位:M・ウェバー  35,5+26=61,5点
5位:L・ハミルトン   9+40=49点
6位:K・ライコネン  10+38=48点

トップ4人はいずれも後半戦で得点が低下、後半8戦で言えば1位のL・ハミルトンが40点、2位のK・ライコネンが38点で、二人の得点がトップ4を上回り、旧2強チームの二人が1位、2位で大逆転になる。チャンピオンのバトンの後半戦は6番目の得点でしかなく、8戦で25点は1戦平均で約3点、6位入賞がやっとだったことになる。
バトンだけではない。チャンピオンシップコンテンダーたるS・ベッテルもR・バリチェロもM・ウェバーも、後半戦揃って得点率が落ちている。こういうシーズンは極めて珍しい。夏から秋へとチャンピオンシップが深まれば深まるほどヒートアップしていくのがこのスポーツの面白さなのに、今年は真逆でトップ4全員が前半よりも成績を下げていった……(クールダウンか?)。

1950年から数えて60回目シーズン、昨年のハミルトンと同じ5位入賞によってバトンが31人目の王者になった。彼だけでなくタイトルを争ってきたベッテルもバリチェロも“決定戦”表彰台に立てなかったのは、極めて異例なことで、ほかのスポーツではありえないようなファイナルゲームの結果だといわざるを得ない。
要はトップ4が揃いも揃って得点を伸ばせなかった後半、その中で彼と彼のチームが一番巧く“ポイント・マネージメントレース”をまっとうしたということだ。2009年の勝負はそこだった。しかし、生涯初のタイトルをこんな風に決めたジェンソンに2度、3度と、こうした成功が望めるだろうか。僕はこういうシーズン展開はそう何度もないと思うのだが。
「この至上の喜びをまた握り締めたい、誰にもこのタイトルを渡したくない!」
初制覇した後の新王者からはそうした前向きで力強い感想など聞かれなかった。優勝祝賀パーティーをさっさと切り上げ、一人ホテルの部屋から彼女に長距離電話する彼は本当に素直でいいヒト、歴代ワールドチャンピオンの中で彼ほど「心優しい王者」もいない。

最終戦アブダビGPでバトンがどういうレースをして見せてくれるか、チャンピオンとしてぼろぼろのレースはいただけない。もし素晴らしいレースをして見せてくれたら、それがタイトルプレッシャーにおののいていた“逆証明”にもなる。新王者には今年最後の勇敢なレースを望みたい。

P.S.
今宮純クロストーク・ミーティングのフレンドリーゲストとして、毎回出演してくれている“BSの浜ちゃん”こと浜島浜島裕英(株)ブリヂストン MS・MCタイヤ開発本部長が案内役を買って出てくれ、11月15日(日)に同社のタイヤとモータースポーツの展示館『ブリヂストンTODAY』(東京都小平市)の見学バスツアーを行なうことになりました。興味のある方は、下記案内ページをご覧の上、ご参加下さい。

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 http://www.f1world.jp/

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