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シンガポール~鈴鹿2連戦は、F1史上最も過酷な毎日だった。

今年、このシンガポールGPと鈴鹿・日本GPの2連戦の日程が発表されたとき、かつてないハードスケジュールに間違いなく“病人”が出ると思ったら案の定、J・トゥルーリとT・グロック(よりによってトヨタ・チーム二人)がそうなった。彼らを責める気は毛頭ないがアスリートとして僕らよりも十分注意し、専任ドクターやトレーナーを随行させていても体調を崩してしまうほど、きつかったということをあらためて知ってほしい。ほんと、この2連戦はF1史上最も過酷な毎日だった。

だからこそ若い24歳のL・ハミルトン(マクラーレン)がシンガポールGPを、22歳のS・ベッテル(レッドブル)が日本GPを颯爽と走り勝ってしまったといったら、「何だそうだったのか?」と言われるかもしれない。実際にタイトルをほぼ確定していた29歳、J・バトン(ブラウンGP)は二人に比べれば(アスリート年齢的には掛ける1.5倍で)10歳以上、年上になる。さらにバトンには、チャンピオンシップへのプレッシャーや疲れもあったはずだ。はなからベストには程遠い状態だった彼は、あるいは日本は流し、次に勝負をかけようと思っていたのかもしれない。そういう意味で、この2連戦を総括すると<若さの勝利>とも言えるだろう。

誰もあまり指摘しないがアスリートにとって、これほどコンディショニング調整が理論的に成り立たない競技も珍しい。各国時差はもちろん、その移動距離、現地気候の違いなど、ほかのプロスポーツではありえないほど、F1は転戦の連続だ。シンガポールで2回目の開催となったナイトレースの現場では、金曜日からずっと“徹夜”態勢の深夜労働が続いた。ドライバーもミーティングなどあって、わざわざ調整のために夜更かしをして“不健康な”生活を送っていた者もいる。その次の日本GPが昨年のように2週間後ならば“調整期間”がたっぷりあるからそれでもよかったのだが、今年は連戦で鈴鹿へ移動しなければならない。

シンガポールで深夜時間(ヨーロッパ昼時間)に合わせた直後、ヨーロッパと7時間時差になる日本タイムに一気に合わせなければならない、昼夜逆転だ。しかもそこに5000Km以上の飛行機移動時間がある。たまたま僕はシンガポールから成田までバトン、ハミルトン、ベッテル、K・ライコネン(フェラーリ)らと一緒のJAL便になった。月曜夜の夜行フライトで出発は10時40分、成田到着は火曜朝6時35分で正味6時間55分だ。僕は機内食も酒類もノーサンクスで寝ることにした。でも、昨日までこの夜中時間帯にサーキットで真昼のごとく仕事をしていたわけだから、いざ眠ろうとしても眠れるものではない。うとうとした程度で成田着陸だ。そこから彼らがどうしたかは分からないが、僕はとっとと東京の家に戻って仮眠、でも原稿が気になってなかなか休めない。仕方なく起き上がって原稿に向かい、結局深夜までかかってしまった。

結局、自宅滞在時間は30時間ほど。翌日、水曜午後には再度荷造りをして、自分の車で鈴鹿に向け出発。ところがこういうときに限って東名の厚木で事故が発生し渋滞に。ウェットコンディションの中、ノーストップで鈴鹿に着いたのは夜10時、すぐになじみの店に電話をしたら「もう閉店しました」と言われてがっくり。仕方ないのでホテルの自動販売機のビールでも飲んで寝ようと決める。この夜“爆睡”しておかないとゆっくり寝る時間はもうないと思い、ベッドに転がりこんだ鈴鹿ファーストナイト。3年ぶりに泊まるホテルの寝心地は、以前と何も変わりはなかった。

<続く>

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