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トヨタF1最後の日に、日本の「F1力」のことを思った。

トヨタと富士スピードウェイには我々も長くお世話になってきた。その感謝の意を表し、ここで公式的にF1が走る最後の場になるであろう「トヨタ モータースポーツ フェスティバル 2009(TMSF)」(11月22日)に、前日から2日間かけて赴いた。僕の09年最初のサーキット取材(1月ママチャリGP)も最後もここ、綺麗に白化粧したマウントフジを年に2度も眺めることができた。最終戦アブダビ帰りの自分としてはあらためてこのサーキットが持つ雄大さを感じたのだった。

夜は1℃で寒さに震えたけれど天気予報を覆して雨は御殿場あたりで止まり、22日イベント当日午後には晴れ間も出た。早朝から8時間も延々続いたイベントは正直言ってやや長すぎたがスタンドのファン2万8000人(公式発表)は最後まで楽しんでいたようだ。パドックでサインや写真撮影を頼まれたが中には、07年新富士・日本GPの公式プログラムをわざわざ持ってきた方もいて、彼らの“熱気”を感じた。

渋滞を避けルート246から小田厚経由、東名での帰り道で驚いたのは、明らかに富士帰りの地方ナンバーのトヨタ車が多かったことだ。皆さん全国からこの<トヨタF1最後の日>のために駆けつけたのだろう。何度か行ったこのイベントでこれほど見かけたことはない。僕は豊田社長にこういうところを、またあえて言えばホンダのI社長にも是非ご覧になっていただきたかった。
社内報告書データには上がってこない「庶民モータースポーツ感覚」の広がり。ボクシーやウイッシュに、誇らしげにTOYOTA・F1スティッカーを張っているワンボックスカーの若いお父さんたち……。トヨタは販売戦略として彼らを狙い、F1モータースポーツをやってこられたのではないのか。02年から8年かけてやっとここまできたのにそれがとても残念だ。

土曜21日に豊田社長がサーキットランを終えて、まるで小林カムイ少年のような笑顔でレキサス・マシンから降りてくるところを偶然目撃した。世界一速い社長の“素顔”だ。こんなにお好きな人があの決断をせざるを得なかった背景をもういっぺんよく考える必要があるだろう。
辞めるのではなく、辞めさせられたのではないのか——。

小林可夢偉君は金曜深夜までフジTV「スポルト」に生出演、その後、車で山中湖の宿に深夜移動。24時間営業コンビニを探しカツサンドを買い、食べてすぐにちょっとだけ寝て、朝からイベントリハーサルへ。相変わらず忙しい。J・トゥルーリもアメリカから土曜夜に成田到着、そのまま山中湖に入り、このトヨタF1ラストランに臨んだ。5年間苦楽をともにした彼としてはけじめをつけたかったのだろう。大会最後のフィナーレで最後までスタンドのファンに手を振り続ける彼の表情は感極まっていた。
もう一人のトヨタF1ドライバー、T・グロックはこのイベントにも来ていなかった。彼は17日に新チームのマノーと契約を発表、待ちきれずに決めてしまった感がある。ここは元シムテックで革新的マシンを設計したN・ワースが参戦準備を進めていて、彼ならば新興チームでベストなモノを作り出せると思う。が、資金力はショート気味でグロック自身がスポンサーを集めないと苦しい状況にある。もしそれがうまくいかないと、契約したとはいえグロックの立場が危うくなる可能性もありえよう。

小林と中嶋一貴の二人は“TDPマネージメント”の下にいて、2010年に向けて早い段階から水面下で担当者が交渉を重ねてきた。20日時点と断っておくが、事態はアブダビGP後からトヨタ撤退後に4転5転もしてきた。もう可能性はゼロになったが小林はマクラ—レンの候補リストに日本人として初めて名を連ねていた。検討が進み、チーム・スポンサー各社がアジアマーケットを調査、名門は慎重にリサーチをしていたのだが、J・バトン電撃移籍加入によって小林は弾かれた。世界があっと驚くマクラーレン日本人起用のかすかな可能性は消滅したのだった。

このTMSFイベント中に、あるフランス人に僕は初めて声をかけられた。実は彼の国のチームが小林に興味を示している。R・クビサは決定済みで、もう一人はグロックという報道が流れたがマノーに決まったのでシートが一つ空いたのである。そのシートに最近になってロシア系新人の動きが流れたのだが、R・グロジャンで懲りたルノーがまた実績のない新鋭起用に積極的になるとは思えない。その一方でルノーは資金体制面がまだ固まっていない。つまり、チーム・スポンサー交渉とリンクするようなドライバーが望ましい状況というわけだが、もし実績を示した小林に何らかの“サポート”があれば、彼の国のチームの候補リストの上位に一気に浮上していくのではないだろうか。

新興チームにはさまざまなドライバーの名が出ている。
カンポスはまずB・セナを10月31日に契約発表した。だが、有力候補P・デ・ラ・ロサがここにきて落ちたのは資金面がショートしたためで、事態はかなり変わってきている。ブラジル資金を当て込んだセナ起用も思惑が外れ、ドライバーラインナップが再検討されるかもしれない情勢にある。

一方、資金力はあるのが“マレーシア・ロータス”。M・ガスコインがマシン製作の指揮を取っていて、一人は確定したと報じられているのに名前が出てこない。トゥルーリだと書きまくるイギリス・メディアに対して、本人は「まだどことも契約に至ってはいない」と否定。ここに佐藤琢磨、中嶋らが候補として入り、他の新鋭や、経験者たちと“競合関係”にある。アメリカのUS・F1はチーム基盤が不透明なままで、具体的なドライバー交渉動向もはっきりしてなく、日本勢もよく見極めたほうがいいだろう。
 同様に不透明なのが元BMWのザウバー。FIAからエントリー承認を得られず、トヨタ撤退後に本来なら繰り上がって、着々と体制が進行していていてもおかしくないのに見えてこないのはなぜか。N・ハイドフェルドは長年の関係から確定でも、もうひとつのシートは“空白”だ。

創造力をたくましく“ドリームプラン”を考えてみようか。一切しがらみは抜きにして、もしザウバーとTMG、撤退したメーカーBMWとトヨタに代わりこの彼らが“合体”したとしたら……。
このプラン詳細は次回に続くとさせてもらう。もしこの間、明日にでもあっと驚くニュースが流れてもおかしくない今のF1ストーブリーグ界、小林も中嶋も、もちろん琢磨も3人とも僕はサポートしていく。何もしてやれないが彼らの夢の続きをバックアップする。たとえメーカーは消えても日本人の「F1力」は世界に負けてはいないのだから。


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