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2010年04月 アーカイブ

2010年04月13日

まだイントロの2連戦で2010年「超大作」の予感。

開幕3戦で、勝者3人登場。しかし、ポールポジション(PP)ウイナーはまだなし。フェラーリのF・マッサが未勝利ながら自身初の“春のポイントリーダー”。今シーズンの開幕3戦は、最近では稀な展開を見せてくれた――。

ご報告が遅くなって申し訳ない。この2連戦はメルボルンからクアラルンプールに直行して現地取材、帰国後も驚くほど寒い東京で原稿に追われ、桜を見る暇もなかった。15日に久々に「文芸春秋ナンバー」がF1大特集を出すので日々その入稿作業が続き、皆さんへのレポートが遅くなってしまった。

第2戦オーストラリアGPも第3戦マレーシアGPもいいレースだった。次に何が起こるか、誰が主人公になるか、短編小説さながらのストーリー性があり、わくわくしながら読み進むような知的興奮を覚えた。チャンピオンシップはまだ“イントロ”なのに、いまからこれだと、短編小説どころか<超大作物語>になりそうな気配だ。

僕は第2戦の注目人物にJ・バトンの名を挙げた。冬のテストでなかなかマクラ―レンのマシンに馴染めずに開幕を迎えた彼が、この2戦目でどれだけドライビングを合わせてこれるか。もし上手くいかないと、彼の考えすぎる性格からして苦戦は必至。昨年のブラウンGPのマシンとは逆に、オーバーステア傾向のあるMP4-25はチームメイトのL・ハミルトン志向のマシンだけにますます彼を調子づかせてしまうことになる。本人もそれをよく理解しているはずだから、アルバートパークの要注目人物に挙げたのだ。
 
余談だが、長い取材経験の中で今回初めてマクラーレンチームと宿舎が一緒になった。コストカットが騒がれているご時世だが、彼らのようなトップチームが我々と同じビジネスホテルにいようとは思わなかった。そのホテルから金曜日朝、ハミルトンがスタッフを乗せ、玄関前からキキーっとタイヤを鳴らしベンツで出て行った。運転はあくまで「俺がするよ」と仲間と相乗り。マネージャーの父親はもういないし、ロンさんも身を引いていない、チームもメルセデスのワークスではなくなり、「自分は好き勝手に何でもできるんだ」といった態度が気になるシーンだった。

その夜の出来事は、もう皆さんもご存知だろう。彼はサーキットを出てすぐ路上で(東京で言えば青山通りだが)、ベンツを振り回し“ドーナツターン”を一般公道で演じて警官に“補導検挙”された。もちろん地元TVのトップニュース、レッカー車にベンツが乗せられ、スタッフがカメラを制止する混乱まで延々流されてしまった。キャスターは「いかがなものか」とコメント、まるでワイドショー並みの扱いだった。

この日、フリー走行(FP)2でトップタイムを出し、2位バトンを抑えた彼が、なぜホテルとは逆方向の“青山通り”でそんな馬鹿げたことをしたのか。ホテルはサーキットからわずか10分たらずの距離だけに、全く意味が分からなかった。おそらくメルセデス本社や、安全運転キャンペーンを行っているFIAは「また余計なことをして…」と不快に感じただろう。だが、これについてはFIAは特に問題にはしなかった。確かにF1のレギュレーションには「公道でのドーナツターンは禁じる」とまで書いてはいないが、サーキット内ではウイニングランで受けても、それを一般公道でやれば危険運転なることは、誰が見ても明らかだろう。

一方のバトンは、土曜日のFP3でハミルトンに先行して6位、予選でもアンダーステア気味にセットアップして4位、タイヤが温まらないと訴えていたチームメイトを11位に下した。流れがよくなると自信を持ち、大胆さも出てくる“分かりやすい性格”のバトン、昨年の開幕7戦6勝を思い出したようだった。
 
決勝スタート前の小雨にインターミディエイト・タイヤを装着してレース開始。その後すぐに「このタイヤは合わない」と感じたバトンはドライ交換を自己判断し、乾いていく路面で綺麗なドライビングを見せ2位浮上。S・ベッテルが中盤の26周目、魔の13コーナーでホイールを破損しコースオフして消えると、タイヤマネージメントに徹して今季初勝利。チームメイトのハミルトンに先んじて挙げた勝利の喜びが、あの「ヤッター!!」の叫びになった。

週明けの火曜日に移動してマレーシアへ(F・アロンソと機内で一緒だった)。不思議なことに今度は宿舎がレッドブル、メルセデス両チームと同じになった。ここは数年前からの定宿で、サーキットまで45kmとちょっと遠いが、我々フリーのジャーナリストには安くてありがたいホテルなのだ。そこへF1チームがというのは、予算削減の折、メカニックだけでも安いホテルに泊まらせようということなのだろう。

セパンではスコールが毎日来て、それが生活の一部になるほど慣れてしまった。気温35℃、炎天下のコースサイドに立っているとあっという間に日焼けサロン状態だ。しかし日曜日はスコールもお休み、予選は混乱したが決勝はドライ勝負で最速ドライバーと最速マシンの組み合わせが、3戦目にして初めて鮮やかなストーリーをコース上で描いてくれた。

ベッテルが勝つレースは運や駆け引き、戦略などは一切関係ない。ひたすら<ドライビング・フォース>で圧倒する。スピードは時としてトラブルで折れることがあるが、心は決して折れることがない――。そんな姿が、個人的にはどうしても新鋭時代のA・セナとダブってくるのだが、セナとは性格も、態度も、言動も全く異なり、特に謙虚さが魅力の“セブ”は、いかにも今の時代に生まれるべくして生まれた「天才人間的グランプリドライバー」という気がしてならない。

翌日は夕方にまたスコール、雨上がりのハイウェイを飛ばしKLエアポートに向かった。東京行きの機内にはF1関係者の姿はなかった。やっとみんな2週間ぶりの自宅へと戻って行ったのだろう。

2010年04月26日

アイスランドの火山大噴火の影響を受けた中国GPでシューマッハの苦悩を見た

東京・羽田から上海・虹橋(こうきょう)国際空港までは3時間、ひとっ飛びで行ける。その虹橋空港から約20kmのところに上海サーキットはあり、僕にとっては鈴鹿の次に“すぐ近く”のグランプリだ。そのありがたみをつくづく感じた第4戦中国GP、大会期間中にアイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル氷河の火山が大噴火、ヨーロッパ各地の空港は火山灰の影響で一時、ほぼすべてが閉鎖され、ピーク日には1,200万人にもの利用客に影響が出た。

「レースどころじゃない」――。
中国GPの舞台裏では18日の決勝終了後、どうやってヨーロッパに戻るか、深刻な事態になっていた。日本の観光客も滞在先で足止めを食う事態になったようだが、ヨーロッパのジャーナリストたちが現場でてんてこ舞いしている姿を見るにつけ、これは大変な事態になったぞと痛感させられた。フライトの変更やルート検討を航空会社と交渉し、ホテルの延泊もしなければならない。ところが上海万博が5月に開幕するせいで、市内のホテルはどこも満室。居場所を確保するのも一苦労だという声が、プレスセンターのあちこちから聞こえてきた。また我々ジャーナリストは、中国滞在許可は5日間という「報道ビザ」なので、その延長手続きも当局に申請しなければならない。そういった予想外の作業に忙殺されるはめになったのである。

ヨーロッパ各国から取材に来ている彼らは、旅慣れている者ばかりということもあり、ヨーロッパ便が飛ばない場合は、上海からアフリカ経由で南から攻めるという者や、アメリカを迂回して西から1周するという者、トルコかドバイまで行き、そこから船かバスでヨーロッパを目指すという者、中にはシベリア鉄道横断を利用して戻るという者まで、さまざまなプランが検討された。

以前、僕が体験したアラスカ・アンカレッジの火山噴火のときには、当時ヨーロッパ便の経由地点だったアンカレッジが空港閉鎖されたため、南回りでヨーロッパを往復したことがあった。確かに時間はよけいにかかったがそう大した問題もなかったから、今回の大噴火とは災害のスケールが違うのだろう。聞いたところではすでに3月下旬からアイスランドでは火山活動が活発化していて、それが今月になって大噴火に至ったとのこと。こうした事前の報道は国内では一切なかったように思うが、いったいどうなっているのだろうか。
 
さて中国GP決勝はスタート30分前に霧雨が来て、56周レースは大混乱。延べ67回もピットストップが行われる事態になった。入り口コーナーやピットレーンでもサイドバイサイドのバトルがあって驚いた人も多かったことだろう(90年代前後にはああした場面がよくあった)。無給油時代のレースは、とにかく積極果敢にコース上で抜くしか手はないのだ。そういう意味では、いままでピット給油戦略に馴れきっていたドライバーたちも、アグレッシブなレースにようやく目覚めたてきたという印象のレースだった。一例を挙げれば、スタートで初めてフライング・ミスを犯したF・アロンソの場合などもそうだろう。今回彼はスタートの一瞬に賭け、チャンスを掴もうとしたものの、結果としてフライングになり、最近では珍しいペナルティーを取られてしまった。だが、これからは彼のようにスタートにこだわる者も増えるだろうから、スタート時の緊張感というのはこれまで以上に高まっていくだろう。

レースではドライタイヤ(ソフト&ハード)、インターミディエイトタイヤ(小雨用)の選択がポイントになり、迷う者、迷わずに行った者、ドライバーとチームの判断力の差が結果に表れた。整理をしなおそう。スタートからゴールまでの“タイヤ選択チャート”だ。
1位J・バトン:ソフト→20周目PITインター→38周目PITインター(2ストップ)。
2位L・ハミルトン:ソフト→2周目PITインター→5周目PITハード→20周目PITインター→37周目PITインター(4ストップ)。
3位N・ロズベルグ:ソフト→20周目PITインター→38周目PITインター(2ストップ)。
4位F・アロンソ:ソフト→2周目PITインター→5周目PITペナルティ→6周目PITソフト→19周目PITインター→38周目PITインター(5ストップ)。
5位R・クビサ:ソフト→20周目PITインター→37周目PITインター(2ストップ)。
6位S・ベッテル:ソフト→2周目PITインター→5周目PITハード→20周目PITインター→37周目PITインター(4ストップ)。
7位V・ペトロフ:ソフト→20周目PITインター→37周目PITインター。(2ストップ)
8位M・ウェバー:ソフト→2周目PITインター→6周目PITハード→19周目PITインター→35周目インター(4ストップ)。
9位F・マッサ:ソフト→2周目PITインター→6周目PITソフト→19周目PITインター→38周目PITインター(4ストップ)。
10位M・シューマッハ:ソフト→2周目PITインター→4周目PITソフト→19周目PITインター→36周目インター(4ストップ)。

復帰4戦目で最悪のレースとなったシューマッハの苦悩が、このチャートから読み取れる。2周目にインターに変えたのは、チームメイトのロズベルグとは違う動きだが、彼と同じ判断をした者もいたから間違ってはいないだろう。ところがシューマッハは4周目で「もうこれではダメだ」と感じ、いち早くドライ・ソフトに戻した。この判断も的確には見えたが、状況はこちらの予想以上に深刻だったようだ。実際にこのソフトで彼は15周しかせず、3度目PITも早め。これはウエット路面でのタイヤマッチングが合わず、磨耗が進んで緊急避難的にタイヤ交換しなければならなかったからだ。19周目に装着したそのインターでも17周しかできず、4度目PITが36周目と早くなり、ここからゴールまでの20周ロングランではペースがガタンと落ちた。新人やマッサにも次々に抜かれていった原因は、異常に進行した激しいタイヤ消耗に他ならなかったのだ――。

ではなぜ彼が、チームメイトのロズベルグよりもこの症状に苦しんだのか?
初日フリー走行から見ていると、彼がセッティングの方向性をつかめず、マシンをいくらいじっても挙動が一向に改善されずに、それどころかますます悪化していくのに苦しんでいる様子が見て取れた。予選になってもマシンの仕上がりは向上せず、チームメイトに0.7秒もの差をつけられた。ご存知のようにF1アタックランで<0.7秒差>というのは巨大な差であり、ブレーキング回数にして5回分ぐらいに相当する。
あのシューマッハが復帰4戦目とはいえ急にそれほど“下手なドライバー”になってしまったのか……。

これは予め個人的な見解と断っておくが、原因はシューマッハと担当エンジニアとの連携がうまくいっていないことにあるように思う。昨年はバトンの担当者だったエンジニアは、超大物のシューマッハの担当になったことで遠慮が出てしまい、コミュニケーション不足に陥っているのか、あるいは細かすぎるシューマッハの注文を吸収できず、セットアップにドライバーの意見が反映されていないのか。いずれにしても、共同でセットアップを構築するドライバーと担当エンジニアには相互理解が絶対不可欠であり、信頼と調和が必要であることは言うまでもない。その絶対不可欠の人間関係が、まだうまく構築されていないとしたら……。フェラーリ時代と全く異なるいまの環境に慣れ、シューマッハがシューマッハらしいレースをするのに、思いのほか時間がかかっている原因は、この“現場セットアップ”にあるように思うのだ。

一方のロズベルグの担当エンジニアはかつて佐藤琢磨や、それ以前にはJ・ビルヌーブと組んだ人物で、初戦から二人のコンビネーションは機能しており、やることなすことすべてが的中、現状のメルセデスのマシンから限界スピードを引き出している。開幕から5位-5位-3位-3位で、ドライバーズランキング2位のポジションは、彼らがトップ3のマシン相手にベストセットアップで挑んできた成果と言っていいだろう。
 加えて同じチーム内でも、シューマッハ組対ロズベルグ組の情報交換が円滑に行われていないようにも見える。この現状には、さすがのR・ブラウン代表もきっと頭を痛めているに違いない。

中国GP終了時点で4戦2勝、5割ペースで、マクラーレンのバトンが首位を行く。これはやや予想外だったがバトン自身すっかり新チームに溶け込み、タイヤ判断などで新担当エンジニアとはあうんの呼吸ですべてがいい方向に回っている。2勝50点+7位と8位で合計60ポイント、勝ち点が大きい2010年ポイント制でリタイアなく二つ勝ったバトンは理想的な展開で開幕4戦を乗り切った。ディフェンディング・チャンピオンらしい戦い方をいまのバトンには感じる。
 
 

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