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2010年06月 アーカイブ

2010年06月07日

シーズン曲がり角、第7戦はとても気分の重いゲームだった。

レッドブルのM・ウェバーとS・ベッテル、マクラーレンのL・ハミルトンとJ・バトン。ドライバーズランキングで上位を占める4人が、新旧2強チーム対決という背景を背負って“ドッグファイト”を演じたトルコGP。このままいけば何かが起きる……、そんな胸騒ぎを覚えたレースは、今季初めてのことだった。

この4人、ドライバーとしてはかなりタイプが異なる。その点も興味深いが、今回はTV解説では言い尽くせなかった心理的なアングルから、あの<衝撃のアクシデント>を分析してみよう。

スペイン~モナコと2連勝でトルコGPに乗り込んだウェバーは、最近、速さに磨きがかかってきたとはいえ、勝ちパターンはたったひとつ“PP独走”しかなくて、競り合いに強いほうではない。実際、接戦に持ち込まれると急に接触率が高くなり、昨年までのアクシデント率は138戦で13.3%と中堅クラスにしては相当高い。

若いベッテルも爆発的なスピードを有する反面、アクシデント率は18.6%とウェバー以上の高さだ。リスキーなバトルに果敢に挑んでいくだけに、事故には絡みやすい。その点が新鋭期のA・セナを彷彿させる部分でもあるのだが(だからスリリングなのだが)。
 
一方、ハミルトンはイメージよりもアクシデント回数は少なく6%。サイドバイサイドの争いに強く、07年にはアメリカンGPでF・アロンソと紙一重の並走バトルを平然とやってのけた。接近戦で周囲を“見切る能力”は天性のもので、むしろ単独疾走中にミスを犯しやすいタイプだ。

この3人の後ろにつけていたバトンはデビュー時から無謀な攻撃を嫌い、行くときには行くが、それまではじっくりとチャンスを待つ優等生タイプ。少年時のカート時代から接触事故を避けるクリーンなレースを心がけてきた彼は、それ故、やや消極的なところがあると見られてきたが、昨年のタイトル獲得で自分のレーススタイルに自信を深めている。

競り合いに弱い者を、接触も厭わない若者が追い、バトルに強い者が見極め、チャンスをじっと狙う者が背後で待つ――。これで何かが起きないわけはない。
40周目、12コーナーに向かうストレートでベッテルは完全にウェバーをキャッチアップ。燃費的に余裕があり、パワーベストモードで追う彼はタイヤグリップもよく、明らかにコーナリング速度が高く、仕掛けずにこのまま従う理由はなかった。背後からは3位のハミルトンがせっつくように迫っている……。

問題なのは、なぜここでレッドブル・チームは的確な戦況把握をして、ウェバーに「ペースアップ」の指示を出さなかったのかということだ。ウェバーがもっとタイムアップしないとベッテルは前に詰まってしまい、直線MAXスピードに勝るマクラーレン・ハミルトンに攻略されるのは、時間の問題だった。さらに、その後ろに控えるバトンまで切り込んでくることが予想される状況で、チームとしての選択はたった一つしかないはずだった。

確かに「チームオーダー」は禁止されている。だがストラテジックな「チームコントロール」はできるし、しなければいけない。それなのにウェバーに的確な指示がなかったというのは、こうした究極の“接戦ケース”を彼らが想定していなかったということだろうか。こうした場面では、ドライバーと担当エンジニア、そして首脳陣らが総合的に情報を共有化し、最終的に誰が采配の指揮権(責任)を持つのか、そのマネージメントが問われる。それは技術監督A・ニューウェイの仕事ではないし、もちろんアドバイザー役のH・マルコでもないだろう。それなのに、レース後チーム内からさまざまなコメントが流出し、悪者探しのような“混乱”があったのは、結成まだ5年というレッドブル・レーシングの若さであり弱さといってもいいだろう。最速マシンは造れても、組織作りはまだまだマクラーランやフェラーリには及ばない。それが露呈された大きな“事件”だった。

話をレースに戻そう。接触に至る非はチームにあったといえるが、事故発生の瞬間映像を何度か検証すると、ウェバーがベッテルの動きに対し反応が遅れていることが分かる。ひょっとすると彼は一瞬、ベッテルの存在を見失っていたのかもしれない(と思われる)。あの場面、ベッテルが右に寄ったのは故意ではなく、オフラインなのでマシンが滑ったという解釈もできる。ウェバーは左に並ばれた時に予測反応としてそれをイメージし、自分も右に振って避けるラインを取り、12コーナーをアウトからレコードラインで進入していけば、イン側のベッテルは止まり切れず、彼の単独スピンで終わっていた可能性もある。

レース後の記者会見(TVインタビューの後なのでオンエアされず)で、ウェバーの表情はずっと青ざめていた。それを見て、300Km/hオーバーでチームメイトと当たったショックは、想像以上に衝撃的なものだったのだろうと、僕は感じた。
夕方、さんざん報道陣に追いかけられていた彼が、ポツンとひとりで佇んでいる場面に偶然遭遇した。相変わらず思い詰めた表情で、その姿がこのレースでの出来事をすべて語っているような気がした。

僕は話しかけることをやめ、軽く手を挙げて挨拶をした。ウェバーは気分が解放されたように少しだけの作り笑顔を返してきた。
トルコの教訓、イスタンブールの教えを彼らがこれからどう活かしていくのか。「ヒューマンスポーツF1」をアピールする、シーズン曲がり角の第7戦はとても重たいゲームだった。

P.S.
ここでお知らせです。第11回「クロストーク・イベント」は、盛夏8月東京のいつもの場所で開催予定で、只今準備を進めています。トルコGPではある女性ファンから「今度のイベントはいつですか?」と声をかけられ、こんなに遠くまで観戦に来ている彼女の熱意と併せてちょっと胸キュンとなりました。それにお応えする意味でも、今年も夏休み返上でやります! 開催日時は間もなくお知らせしますのでF1LOYERSの皆さん、夏の“バカンスプラン”のどこかに加えておいてください。内容は今回も盛りだくさん、4強チームの○と×、中間チームの争い、ザウバー小林の心境など、TVやプリントメディアでは表現できなかったことを、直接皆さんにお話しします。もちろん皆さんからのご意見、ご質問も大歓迎。幅広いファン層の方に支えられて11回目、ビギナーの方からベテラン世代までウェルカムです(!)。ご期待ください。

2010年06月27日

マクラーレンが2戦連続1-2フィニッシュ、反撃攻勢に転じたカナダGP。

レッドブルがまた拙いレースをやってしまったカナダGP。うまいレースをしたマクラーレンが2戦連続、今季3度目になる1-2フィニッシュ。レッドブル内部にはまだ“トルコ後遺症”がくすぶっている気配が感じられ、そこをマクラーレン勢とフェラーリ、F・アロンソに突かれた。

ここまでの8戦・全491周のラップリーダー記録は1位M・ウェバー210周、2位S・ベッテル117周、3位J・バトン73周、4位L・ハミルトン55周、5位アロンソ18周、6位N・ロズベルグ17周、7位S・ブエミ1周となっている。圧倒的な数字だ。レッドブルが実に327周も“支配”していて、現在ランキング首位のマクラーレンは3分の一程度の128周でしかない。これほど速い(速かった)レッドブルが3勝、193点の2位というのだから、4勝、215点の“名門チーム”がいかに“上手に”ゲームを戦ってきたか分かるだろう。

さて2年ぶりの開催となった31回目のカナダGP(モントリオール)に、初めて大西洋周りで行った。というのも僕は5月上旬に日本を出てから、第5戦スペイン~第6戦モナコ~第7戦トルコとずっとヨーロッパをベースに移動、このカナダGPもやはりパリから移動した。いままでは日本からシカゴかNY経由で乗り継ぎ、正味20時間弱ほどかかっていたフライトが7時間少々で済んだ。おかげで13時間の昼夜逆転時差にも悩まされず、機内ではエア・フランスの美味料理も楽しめた。ヨーロッパのF1関係者がカナダGPを好む理由がよく分かった。

疲労感もなくすぐそのまま空港からサーキットに直行、コースを韓国車KIAのリオというセダンで走った。「何も変わっていないな」。これが2年ぶりのジル・ビルヌーブ・サーキットの印象。コース幅は狭く、パドックも狭い。我々のプレス駐車場も狭く、車はボートコース脇の土手の草地に乗り上げて止める。プレスルームはボートコースの中の水上に“仮設小屋”を作ったもので、人が歩くたびに床が揺れる。アメリカやカナダには巨漢体型の男女が多いから、絶えず“余震”が続く。贅沢はいわないが30年前からほとんどアップデートがないサーキット施設はいまやここだけだ。幸い今年はコースの舗装が剥がれずGPウイークは無事進行できたが、進歩していたのはこれくらいだった(といっても剥がれないのが当たり前なのだが)。

それでもコースレイアウト自体は攻めがいがあり、オーバーテイクポイントもあって、ブレーキングテクニックが見どころになる。壁ぎりぎりでマシン・コントロールをする技術、勇気、集中力が必要とされる、モナコGPとはまた違った“ドライバーズサーキット”だ。今年ここを走った日本人は、たぶん僕と小林可夢偉君だけだろう(彼は戦うために、僕は伝えるために)。KIAでレーシングラインをゆっくり走りながら、シケインでは縁石にタイヤを引っ掛け、出口ではコンクリートウオールに接近し、わざとオフラインも通って視界などを確認。TV画面では伝わってこないリアルな感覚を自分の体に染み込ませるのが目的だ。

1周目、最終シケイン入り口でN・ヒュルケンベルグとM・シューマッハと競り合いながら、インサイドラインになった小林は縁石をまたいでしまい、コントロールできなくなって出口右側にクラッシュ。「ボンジュール・ケベック看板」に刺さった。9位争いの代償は高くついた。でも周りにカムイ・コバヤシは相手が新人であろうと、シューマッハだろうとファイトするドライバーだということをまた知らしめた。
「体は大丈夫? お尻とか腰にきたんじゃない」
レース後に話しかけた。セダンならなんともないがあの高い縁石をまたいでいった衝撃は、僕なりに想像できる。
「いやあ平気でしたよ。でも乗用車で乗り越えるとどんな感じなんです?」
逆に小林君に質問された。
「ウン、車は斜めに傾いて、前は見えなくなるね」
そう答えると、彼もよく見えなかったと小声で呟いた。
ワンプレーのミスから彼自身が何を感じ、何を学んでいけるか。新人10戦目、初カナダの痛い教訓を活かせればクラッシュの代償は取り戻せる。そんな願いを込めて夕方パドックで「次のバレンシアでがんばろう」と笑いながら別れた。

4位ベッテルと5位ウェバーには笑顔はなく、3位アロンソもそうだった。予選後ギアボックス交換トラブルによって2位から7位に降格したウェバー、また問題が発生した。彼らのタイヤチョイスは予選をミディアムで行き(スタートもこれになる)、やや消極的な作戦を取った。レースではタイヤマッチングに迷いがあり、第2スティントでウェバーにはミディアムを、ベッテルにはスーパーソフトを履かせた。これも上手ではない作戦だ。しかも、1位でハミルトンを11秒以上リードしていたウェバーの第3スティント・タイミングがずれ、結局5位に下がってしまった。さらにベッテルには中盤からギアシフトに異常事態が起こり、タイムペースが乱れた。こうした不具合が生じると、さすがのベッテルも参る。集中力が途切れがちでクラッシュの不安を抱かせたが、それはなんとか避けて4位に…。

一方アロンソは彼らしい巧妙なゲーム展開を見せ、マクラ―レン1-2を阻むチャンスを狙って追った。が、28周目ピットインラップでJ・トゥルーリに引っ掛かりタイムロス、4秒2の停止時間は素早かったのにハミルトンに前に出られてしまう。さらに56周目、6コーナーで今度はK・チャンドックにひっかかり、加速が鈍ったところをバトンに前に行かれてしまった。あれはマクラーレン・バトンが速かったというよりも、チャンドックがいたから一瞬アロンソが“失速”したせいだ。勝負師アロンソは表彰台で一応の笑顔を見せて悔しさをかみ殺していたが、マシンもチームもピットクルーたちも(自分も)ベストで戦いながら、二つの“不運”が重なって25点を取り損ねた結果に、内心は怒り狂っていたのである。

かくしてマクラーレンはまんまと1-2をいただき、ハミルトンはすっかり有頂天に。スピードボーイはいったん調子付くと勢いに乗って天まで昇るタイプ、バレンシアで“ハットトリック3連勝”をやってみせると宣言するほど強気だ。地道にマシン開発を続けながら、レースの流れを読み、全くトラブルフリーでハミルトンをのびのびと走らせる名門チームが、反撃攻勢に転じたカナダであった。

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