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最終戦アブダビGP「ベッテル・アロンソ対決、勝利を分けたものは」

祝S・ベッテル・初タイトル獲得——。
8ヶ月に及ぶ最近では最も長かったシーズンに、23歳の青年は耐えがたきを耐え最終決戦に勝ち、チャンピオンシップ・ポイント256点として7位にとどまったF・アロンソ252点を逆転した——。最終戦は遮二無二スピードで勝負したレースだった。戦略云々など関係なし、コース上でのドライビングによる分かりやすい決め方。このスポーツの原点「速いもの勝ち」を絵にかいたようなシンプルさ、F1は本来、こういう“ドライバーズ・チャンピオンシップ”であるべきだと思った。

終盤6戦はベッテルとアロンソしか勝者はいない。3勝対3勝、終盤戦は二人による事実上の“対決”となっていたのである。得点上はM・ウェバーがランク2位にいたものの、この6戦は一度もチームメイトより前でフィニッシュすることができず、最速コンストラクターズ・チャンピオンマシンにまたがるセカンドドライバーと言わざるを得ない状況が続いていた。その葛藤、心労、ストレスは臨界点に達し、インテルラゴスでは終始表情が厳しく、アブダビでも近寄りがたい雰囲気を漂わせ、身内のものとずっと一緒に行動していた。とても人前に出て話せる心理状態ではなかったのだ(すべてインタビューは拒否したと聞く)。
「これではベストプレーは望めない」——。最終決戦4人対決でここまで来たが、現場で見るウェバーの様子はもはや“崩壊寸前”に感じられた。戦う前の闘いに自ら敗れていった、と言ってもいいだろう。

事前にさまざまな“チャンピオン予想”が乱れ飛び、最終戦ポイントリーダーで臨むアロンソが条件的に絶対有利という見方が大半を占めた。何百パターンもあるレース展開のなかで、データ上、2位に8点アドバンテージを持つ立場だった彼は、攻めなくとも、守備的ゲームで十分に<V条件>を満たせる余裕が存在したからだ。
しかし、アロンソはアブダビまで大挙出張してきたスペイン報道陣(その数は過去最多)に対し、母国語で冷静なコメントを繰り返した。「この状況は(首位にあっても)前から何も変わっていない。最速レッドブルに乗るドライバーを倒すのは相当に困難なことだ。やってみないと全くわからない」。自分が有利とは言わず、熱くなる周囲を哲学者のような表情で戒めたアロンソ…、僕は05年、06年のM・シューマッハとの決戦を思い出し、「あの時よりもっと苦しい立場いることをクールに実感しているな」と、彼の表情を読み取った。

その彼と土曜深夜11時半過ぎに、ばったりと出会った。ヤス・マリーナ・ホテル周辺はアラブの王様たちのVIPカーで大渋滞、その横をパドックから徒歩で汗だくになって移動していたら、渋滞の中に彼の“移動用マセラーティ”が閉じ込められていた。ロールスやベントレー、フェラーリに囲まれ、まるで決勝レースで“ペトロフ渋滞”にひっかかったようだった。アロンソはもう歩いていくからと左リアドアを開け、自分でトランクから荷物を出すと、とっととホテルに向かった。
夕食は既にパドック内のチームケータリングサービスで済ませていたのだろう。徒歩ならホテルまで3分とかからない目と鼻の距離だ。それなのに騒々しいホテル周辺の大混雑、大渋滞のなかにわざわざ彼をマセラーティで行かせたら“パニック”になるのは目に見えている。私服に着替えさせてバイクを1台用意してやればいいのに、こんなところにもチームオーガナイズ、いや段取りの悪さを僕は感じた。

名門といえども今のフェラーリ・スタッフたちは3年ぶりの決戦にすっかり浮足立ってしまった。今シーズン、たびたびチームワークで綻びを露呈してきたレッドブルのほうが最終戦に限っては逆に地に足つけた行動力を示した。要はその“違い”があの15周目、アロンソのピットストップの大失敗につながったのだ。ウェバーが本来の走りができず、19コーナーで右タイヤをヒットするなど乱れているのを察知すれば、集中的に彼だけマークするのではなく、1位ベッテルとの間に3台以上入れないよう、周囲の戦況をもっと警戒すべきだった(結果論ではなくて)。
このレースにベッテルが優勝しても256点、アロンソは4位に入れば258点でV条件を満たせる。だが5位だと256点で同点、2位と3位も同回数になり4位の回数が少ないアロンソは<F1競技規則第7条2項デッドヒート規定>によって敗れる——。そこを刻々変化する中で、チームは“安全保障対策”として留意する必要があった。

アブダビに来て予想以上に脅威となったのはマクラーレン・メルセデスとルノー、ともにエンジン面でローテーションに余裕があり惜しげもなくブン回してきた。やりくりしてきた最後のアロンソ・フェラーリは既に“1戦使用済みプラスα”のもの、走行時間距離が増えるにつれ実戦パワーの落ち方が急激になるのが今年のフェラーリの短所である。それがスタートダッシュから如実に現れた。何もミスはなかったのにアロンソはエンジン性能による3〜4速アップでJ・バトンに置いて行かれた。極論をここで述べるなら「このダッシュでチャンピオンを失った」とさえ言える。

さらにピットアウト後、新人V・ペトロフを40周どうしても抜けなかったのは4〜5〜6〜7速でスピードに欠け、スリップストリームにも入れなかったからで、低速エリアで追突寸前まで接近してもペトロフの後方乱流によってかえってバランスを崩していた。ただし、打つ手がたった一つだけあった。最も速度が落ちる地点を選びフロントウイング翼端板を軽くぶつけてタイヤをカット、相手を弾き飛ばして自分は生き残る最後の手段だ(誰とは言わないが皆さんはこの手を過去に使ってきた有名ドライバーを容易に想像できるだろう)。が、アロンソは弾き飛ばされても、飛ばしたことはいちどもないレーサーで、最後までロシアの新人にこうしたダーティープレーをこころみなかった。彼くらいのレベルならばやってやれないことはないのに、やらなかったのである。ゴール後のランでペトロフにあるポーズをしたのを責める見方があるらしいが、男として当然のアクション、あれをしなかったら××××だ。

2010年チャンピオンは、BS最後の年に一段とタイヤをより速く、さらに長く使えるドライバーに進化した。ベッテル担当者、BS現場主任エンジニア、もちろんF1を14年見てきた浜島氏もそれを認める。98年にBSが初のチャンピオンになったときのマクラーレンも、2010年の最後のシーズンにチャンピオンになったレッドブルも、ともにA・ニューウェイ氏が手掛けたマシンで、M・ハッキネンもベッテルも、このタイヤとの対話を通じてより速くなった点が共通している。その一方でアロンソは、とうとうBSでチャンピオンになれなかった。それも勝負の運というべきだろうか。

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