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   <title>今宮純 Ｆ１ Ｌｏｖｅｒｓ</title>
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   <title>いよいよ始まる合同テスト“もう一つの見方”とは </title>
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   <published>2011-01-29T01:28:50Z</published>
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   <summary>寒中お見舞いもうしあげます。 遅ればせながら2011年シーズンもよろしくお願いし...</summary>
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      寒中お見舞いもうしあげます。
遅ればせながら2011年シーズンもよろしくお願いします。

ニューマシンが１月下旬から続々発表され、一斉にテスト走行が始まる。そのスケジュールは以下のようになっている。
・２月１～３日：バレンシア
・２月１０～１３日：へレス
・２月１８～２１日：バルセロナ
・３月３～６日：バーレーン
この４回の“合同テスト”以外は制限され、撮影用及び直線コース試験が例外として認められているだけだ。２月は温暖なスペインで３、４、４日間と走り込むスケジュールで、天候も比較的安定していることから、例年この３サーキットを転戦しながらニューマシンの熟成が進められる。
　
バレンシアはヨーロッパＧＰの舞台ではないやや小さなパーマネントコース、リカルド・トルモが使われる。何度かこのテスト取材にも行っているが、低速コーナーばかりでコースとしてはあまり見どころがない半面、ピット上からコース全体が見渡せるから、どこでマシンが止まっても（１周が短いので）すぐにピットに戻せるなど、チームにとっては新車の基本的な“システムチェック”をするには便利なところだ。ドライバーもここなら少しずつ低速コーナーを攻めていけばいいので、スピンしても大きなダメージを負うという心配がない。（完成したばかりのニューマシンはスペアパーツが十分ではないので、クラッシュするとテスト・プログラムそのものに影響が出てしまう）。

余談になるが最終コーナー外側には“展望レストラン”があって、朝から夕方まで続くテストの間、ここで飲食、休憩できるのはとても助かる。ほかのコースだと昼食をとるのも一苦労で、朝サーキットに向かう途中でサンドイッチを買っていくしかない（もちろん温かい缶コーヒーの自販機なんか、スペインにはない）。レストランの窓側に居ればなにかハプニングが起きてもコースが見渡せ、すぐに表に飛び出していける。ただちょっと困るのは、休日にテストが重なると地元スペインのアロンソ・ファンが大挙詰めかけてサーキット周辺が大渋滞になること。2,000円以下で入場できるとあって、ここもバルセロナも観客はかなりの数になる。
　
９７年にヨーロッパＧＰが開催されてから今はテストでしか使われなくなったへレスは、シェリー酒の産地として有名だ。新車シェイクダウンをバレンシアで終えると、各チームはここから本格的なセットアップに取り組んでいく。このコースは中速タイプ・レイアウトで“アンダーステア傾向”が出やすいから、そこをきちんと修正できるか、またロングランペースはどうか、ベストタイム比較よりもその内容をチェックすると、マシンのポテンシャルが浮かび上がってくる。
ただへレスは時折雨も降り、風も強いところなので、こうしたコンディション対応が難しい。またガソリン重量を軽くするとラップタイム向上率が大きく（10kg減で0.35秒アップ）、チームによってはわざわざ予選仕様にして好タイムを叩き出し、スポンサーへのプレゼンテーションの場にするところもある。従ってこの段階でのタイム比較、優劣判断には慎重にならざるを得ない。ニュースで流れるタイム結果に、皆さんもあまり一喜一憂しないほうがいいだろう。

２月最後のバルセロナになるとテスト走行も俄然ヒートアップ、実力が透けて見えてくる。ここはニューマシンの実力測定にはうってつけのコースレイアウトなので、バルセロナで速いとどこでも戦闘力が高いと見ていい。実際にスペインＧＰでＰＰをゲット、優勝するチームは高確率（65～70％）でチャンピオンシップを制している。昨年のレッドブル・ルノーもこれに当てはまる。
参考までに昨年のバルセロナ・テストでは、初日２５日がＭ・ウェバー、２６日がＮ・ヒュルケンベルグ、２７日がＮ・ロズベルグ、２８日がＬ・ハミルトンと“日替わり”でトップが変化した。なかでも初日でいきなり２位に約１秒（！）もの大差をつけたレッドブル・ウェバーは驚異的で、いまにして思えば彼らは「王者への切符」をこの時点から握っていたと言ってもいいだろう（と僕はイメージした）。

さて今年の場合はどうか。ここで注視する必要があるのは３月３～６日に中東バーレーンでテストがあることだ。開幕戦１週間前、まさに直前４日間の集中テストは本番のリハーサルといえ、ここでニューマシンの実戦パッケージや隠し玉が投入される可能性は大だ。その根拠はバルセロナ・テストを２１日に終えてからバーレーンまでにはかなり日数があること。アップデートパーツを整え、ここまでライバルに見せなかったモノをぶち込み、一気に引き離す作戦がとれる。あるいはここを“最終テスト”ととらえて試しておいて、さらなる開幕戦仕様を翌週までに仕上げる２段階作戦だって考えられる…。

――今回は＜オフ・テスト＞のもう一つの見方を解説した。次回は登場したニューマシン、そして今シーズン２０年ぶりにＦ１に復活するイタリアのピレリ・タイヤの動向について取り上げる。　

      
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   <title>２０１０年「ＮＯＴベスト・アワード」発表！</title>
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   <published>2010-12-29T01:57:31Z</published>
   <updated>2010-12-29T02:04:20Z</updated>
   
   <summary>今年もここだけでやってしまおう、2010年ベストアワードとは逆の「ＮＯＴベストア...</summary>
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      今年もここだけでやってしまおう、2010年ベストアワードとは逆の「ＮＯＴベストアワード」発表です。来シーズンはぜひ頑張ってくださいくださいという期待を込めてノミネートした。

☆ドライバー部門：１位 Ｖ・ペトロフ、２位 Ｌ・ディ・グラッシ、３位 Ｓ・ブエミ、４位 Ｆ・マッサ、５位 Ｒ・バリチェロ
☆マシン部門：ＨＲＴ・Ｆ１１０
☆レース部門：韓国ＧＰ
☆タクティクス部門	：レッドブル・レーシング
☆カラーリング部門	：ＢＭＷザウバーＦ１チーム
☆コース（レイアウト）部門：アブダビＧＰ・ヤスマリーナ・サーキット
☆プレスルーム部門	：イギリスＧＰ・シルバーストン
☆アクセス部門：ベルギーＧＰ・スパ・フランコルシャン・サーキット
☆ホテル部門：韓国ＧＰ周辺

■ドライバー部門
12チーム、27人のドライバーがエントリーした中から、堂々ドライバー部門第１位に輝いたのはＶ・ペトロフ。数々の不用意なスピン、派手なクラッシュ、被害総額は推定２億円以上とみられ、ルノー・チームの残業は深夜にまで及んだ。このロシアン・ドライバーには不思議な一面があってパドックにいる時も妙にちゃらちゃらしている。誰にでも話しかけてくる態度はフレンドリーでけして無礼な行動はとらないけれどもコース上では相当暴れる。シビアなルノーＲ30はコントロールが確かに難しく、リバース・ステア（急激なハンドリング変化）を予知するのは大変そうだ。でも何度も同じパターンのスピンを繰り返すのは学習不足。最終戦アブダビＧＰではアロンソを抑えて６位入賞したものの、あれはあのコースだからできたこと、いかにルノー開発“Ｆダクト”が直線で速いかという証明にすぎない。
世が世ならビッグチームでこの結果では前半戦でとっくにシートを失っていただろうが、大国ロシアから愛をこめた支援は強力で、先日新規２年契約が発表されたばかり。ポーランド出身のＲ・クビサはまた来年苦労することになりそうだ。チームメイトからのデータフィードバックはあてにならず、彼のスピン・ダメージ修復にスタッフは追いまくられて精力を削がれるからだ。

ペトロフがぶっちぎりで２位はバージンのＬ・ディグラッシ。ルーキーとはいえ彼を見ていると、最後まで自分の理想のセッティングが解らず、とにかく懸命に振り回そうとする走りだった。ＧＰ２ではなんとかなってもＦ１でこれでは突破口は開けない。
３位はＳ・ブエミ、まる２年トロロッソという“恵まれた”シートを与えてもらいながら伸びるどころか停滞。経験豊富なスタッフによって最適セットアップを組んでもらえても、いわゆるオーバードライビングで焦りが先立つばかり。いつもにこやかな若い父親（サーキットパパ）が一緒、余計なお世話だがもう一人歩きさせたほうがいいと思うのだが。

４位Ｆ・マッサ、５位Ｒ・バリチェロともに十分な経験を持つスタークラス・ドライバー。しかしそれぞれ推定12億円、４億円以上もの高額ギャラをいただくアスリートとして客観評価するなら、今シーズンは×だ。バリチェロはウイリアムズを背負って活躍したかに映るが、もしチームがＮ・ヒュルケンベルグを正当に扱っていたら、“逆転現象”が後半戦早い段階で起きていたと思う。彼がデビューしたころにはテクニシャンとしての技が見え、体力面ではやや劣っていてもなんとかカバーする姿勢があった。ところが最近はフリー走行では流し、予選では直接のライバルのアタックを実にうまく見極めてさばく（ブロックともいう）。要所要所でそんな高度な技を発揮するベテランの味はかなりどぎつい。でもなぜかあまりペナルティーは受けず、さすがに大ベテランは処世術にも長けている。07年ホンダ時代にノーポイントでもさっさと高額契約で残留するなど、マネージメント手腕も群を抜く。

■マシン部門
ＧＰ２ではないがＦ１でもない“ＧＰ１．５”みたいなＨＲＴ・Ｆ１１０。山本左近君との雑談で、いかにこのマシンが凄いか、まっすぐ走れない挙動かを実際にコーナーで確認してきたよと言ったら、彼は「あそこで見てくれてたんですか…」と苦笑いを浮かべていた。ある意味、僕はＢ・セナ、Ｋ・チャンドックらをリスペクトする。このＨＲＴはオオカミの群れに迷い込んだ羊のよう、集団走行中には抜かれるほうも抜くほうもリスキーであった。

■レース部門
なぜＦＩＡアワードがあの混乱韓国ＧＰに授与されたのか、どなたも不思議に思うだろう。僕も解せない。初開催ＧＰに与えられる“お約束のアワード”とはいえいくらなんでもあれでは……、まあこれも今のフォーミュラワン・ビジネス社会の断面ではある。

■タクティクス部門
ダブルチャンピオン・レッドブルにもここでアワードを。皮肉ではなく数々あったチーム戦略ミスによって、最後までシリーズを活性化させてくれたのは事実。あのトルコＧＰでの２台接触事件、イギリスＧＰでのウェバー「ウイング返せ発言」など、真相はともかく采配面で見苦しいばかりの内部混乱が起きた。「でも速ければそれでいいだろ」的なチームポリシーが最後には功を奏し、今年を乗り切った。

■カラーリング部門
正式にはＢＭＷザウバー名称のままで今年を乗り切った“ザウバー”、カラーリングもプレス対応も昔ながらのＢＭＷスタイルそのまま、色気がないチームだ。今年は小林可夢偉色で染まり、それはそれでよかったがもうちょっと何とかしないと。来年は“メキシカン・マネー”に頼るザウバー、変身か？

■コース（レイアウト）部門
昨年からこのコースレイアウトはひどいと感じていた。なんでピットレーンをわざわざトンネルにしたのか、なぜここにシケインを置くのか、どうしてやたら長い直線を２本作ったのかetc。最終戦アロンソ対ペトロフで世界中に最悪レイアウト（追い越し不能）をアピールしてしまった。莫大な金額をかけさせ、設計監修料をいただくためにあのようなコースになったとしたらあまりにも悲しい。この僕だってもう少し面白いコースは考えられる。提案として今後新コースを建設する際は、ＦＩＡサーキット委員会にドライバー経験者を招いてアドバイスをとり入れ、設計者側を指導したいいのではないか。

■プレスルーム部門　
あのシルバーストーンがとんでもない工事中状態だったことはあまり批判されていない。ますます不便になったプレスルーム環境は最低でも、誇り高い英国人たちは何も言わないからあえてここで言う。プレス駐車場は遠く、夜は真っ暗、室内は曇天でも冷房がんがんで18度、ＴＶモニター位置は見にくく、不味いコーヒーと紅茶はとうていイギリスとは思えず、残飯をあてがうように出してくるサンドイッチの味といったら日本のコンビニ以下レベル。伝統の一戦が泣くぞ。

■アクセス部門
ヨーロッパラウンドがどんどん減り、クラッシックイベントのベルギーＧＰも運営が大変な状況になっている。公的資金に依存、つまり税金がつぎこまれている。今年僕はホテルを変えたがあまりにも値段が高く、距離的に近いから選んだのに毎日変わる交通規制でサーキット周辺は大渋滞、まいった。スパ・フランコルシャンはレイアウトとして面白くてもアクセスは最悪レベル、それでも雨の中あれだけ観客を集めるのは伝統の力というほかない。
（なお２０１０年「ベストアワード」のほうは、現在発売中の文春ナンバー誌７６９号で発表しているのでそちらをどうぞ）

Ｐ．Ｓ．　
１２月２３日に行った＜ブリヂストン小平工場見学＆浜島さん慰労会＞には、全国から多数の申し込みがあり、限定数を超える40数名の方々が参加されました。初めて立食パーティー形式で２時間食べ放題、飲み放題、しゃべり放題としましたが、マイクなしで皆さんと輪になって楽しいひと時を過ごせました。浜島さんも「こんな素敵な会を開いていただき光栄です」と挨拶、「第１期活動は終わりでも……！？」と意味深な発言が最後に飛び出し、一同シーンとなる場面も。
今年もＦ１ＬＯＶＥＲＳの皆さまには、おつきあいいただき心より御礼申し上げます。ＧＰ転戦ツアーに追われ、リポート更新が遅れがちになりご心配ご迷惑をかけました。２０１１年は３月１３日から全２０戦がスタート、僕もコンディショニングを整え、現場から見たこと聞いたこと感じたことをダイレクトにお伝えする基本姿勢をつらぬいて頑張ります。良い年をお迎えください。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　今宮　純















      
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   <title>2010年最終２連戦、20日間世界１周を無事ゴールイン！</title>
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   <published>2010-12-04T03:53:13Z</published>
   <updated>2010-12-04T03:54:48Z</updated>
   
   <summary>今年最終２連戦ツアーは世界１周便フライトで回ってきた。約３万マイル、スカイチーム...</summary>
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      今年最終２連戦ツアーは世界１周便フライトで回ってきた。約３万マイル、スカイチーム便を利用して日本からアメリカで乗り継ぎブラジルＧＰへ、そのあとヨーロッパを経由してアブダビＧＰへ、そしてまたヨーロッパに戻ってから日本へと、およそ20日間の“ファイナルツアー”だった。

まず成田から太平洋を東へ、デルタ航空でアメリカのアトランタまで飛び、ほんの数時間空港内で過ごし、翌朝、サンパウロに到着。この日はレンタカー（現地生産のＶＷゴル）を借りて、モルンビにあるＡ・セナの墓参り。毎年いつも彼のもとには花がいっぱい供えられている。そのままインテルラゴス・サーキットに行ってプレスルームの自分の席を予約、ＴＶモニターの配置を確認しながら席を選ぶようにしている。４日間を過ごす仕事場はまあまあの設備、つらいのはプレスパーキングから延々と階段を上がらなければならないこと。標高800ｍ以上のここでは、急ぐと息切れがする……。

ブラジルＧＰ後の月曜日、徹夜で朝まで仕事をしていたので昼過ぎまで休んでレイトチェックアウト。それから市内にあるハーツまで、渋滞の中をかきわけるように走って車を返却。この都市はいつも混雑していて歩道を散歩している犬にも抜かれるくらい。なにしろ進まない。ここでタクシーにスーツケースを移すが、狭いトランクは一杯で、助手席まで満載になった。タクシードライバーは老人で、空港途中でガソリンスタンドに寄ると言い出す。しかも、メーターをそのままにするので「いったん止めてくれ」と言うが「後で料金を値引きするから」と聞かない。途中でまた渋滞もあって、結構ギリギリの時間でチェックインになってしまった。

サンパウロからはエア・フランスのパリ行き夜行便だ。昨年、この大西洋横断フライト機内で出されたヒレ・ステーキの特にソースがとても旨く、期待していたら今年はメニューが変わってたいしたことはなかった。なんかぱさぱさのコンビーフみたい。でもワインはさすがにデルタのモノよりもいい。11時間フライト、機内映画システムが故障していて、僕は寝るだけでどうでもよかったが“お詫び”として１万マイルをいただいた。“グッドウイル・ジェスチャー”として。

機内で１泊してドゴール空港に早朝６時着陸。寒い。マロニエの枯葉が歩道にたくさん積もっていて、初夏に入っていたブラジルから来ると秋を実感する。アブダビに向かう前に、一晩だけでもと夜はなじみの寿司屋へ、今年はもうこれが最後と挨拶する。ちょっとロゼワインで酔ってしまい、チップをはずむのを忘れた。御主人も頼んだ“かっぱ巻き”を忘れていたからまあいいか。

水曜日午後便でドバイへ。６時間程度のフライトは短く感じられ、夜11時半に到着、ハーツに行くとトヨタ・カローラが待っていた。ＶＷゴルよりは大きくて荷物もすべて収納、深夜の高速を一路アブダビに向かって急ぐ。制限速度は120km、一応130kmで走るがバンバン抜かれる。山のようにでかいＳＵＶ車ばかりでパリとは大違いだ。しかしサーキットそばまで１年ぶりでも迷わず来たのに、最後で“集中力”が薄れたのか迷ってしまい、完成したばかりのテーマパーク「フェラーリ・ワールド」に入り込んだり、またＵターンしたり、うろうろしていたらパトカーが出現、停止を命じられた。
パスポートから国際免許、ＦＩＡパスなど全てを見せ、ホテルを探していて迷っているところだと説明。それでも「ユー・ドリンク？」と聞くから、のろのろ走っていたのは酔っぱらっているわけではないと言い、20分ほどしてやっと納得してくれた。そこですかさず頼むとパトカー先導でホテルまで案内してくれ、午前２時ごろにようやくチェックイン。パリから着いて気温30℃の砂漠地帯を走ってやっと最終目的地にたどり着いたので、とりあえずミニバーからビールを。今年のホテルは安くはないがめちゃ高くもなく、24時間ルームサービスもあって、インターネットもＯＫ、これならトワイライトレース後も朝まで部屋で仕事ができるし、温かいモノも食べられる。それにドゴール空港で買ってきたスコッチウイスキーとボルドーワインもある。さみしいシーズンエンドの夜を過ごした１年前とは大違いだ。

木曜日は昼から徒歩でサーキットへ、肌が日焼けするほどの陽射しを浴びながら行く。この夜はホテルのビュッフェレストランで済まそうと入ったら、なんとシーフードが山盛り。寿司まであって、生ガキやロブスターが食べ放題だったが、砂漠の真ん中だし万一のことを考えて控えることに。翌日も忙しくまたここに行くと“シーフードフェア”は毎週木曜日のスペシャルで、この日のメニューはアラビアンに変わっていた。まあ、これも悪くはないなと食べていたら、横で現地の衣装を着たおじさんがビールをがぶ飲み、戒律は関係ないのだろうか？

結局、アブダビＧＰでは土曜日も日曜日も深夜のルームサービス、すっかりボーイ君と顔見知りになり「お互い、こんな時間まで大変だけど頑張ろう」と励まし（？）合う。
また夕方までいてレイトチェックアウト、近くのホテル内にあるイタリアンレストランで久々にテーブルについての食事だ。この店は昨年入って本格的なので驚いたところ、おすすめのホタテガイをいただく。白ワインにぴったりだと思ったが、これからドバイまで走らなければならないのでガス水で我慢、来た道をまっすぐ帰る……はずが、またドバイ空港目前で道に迷う。返却時に満タンにしようとスタンドを探していたからで、一方通行が複雑に絡み15分くらい回り道してしまった。それでもフライトが深夜１時50分発だったので、まだチェックインカウンターがクローズのまま。これならいっそのことドバイ見物に行けばよかった。

７時間の夜行便で火曜日早朝６時にパリ着。外は７℃で今回持ってきたすべての服を着込んで２Ｆターミナルを出た。原稿を書き続けた水、木、金、土曜日まで秋雨前線が停滞するパリは冬同然の気候。せっかくだからとシャンゼリーゼに行って少しだけクリスマス・イルミネーションを眺めた。でもエッフェル塔が華やかなイルミネーションを点灯したのは、僕らが土曜日にこの街を後にしてからだった。よほど観光とは縁がないようにできている。

今シーズン最後のツアーはこれで終わりだが、2011年は最終戦が11月27日なので、時間の余裕があれば真冬のパリでクリスマス気分に浸れるかもしれない。そんなことを機内で思い浮かべながら、20日間世界１周を無事ゴールインした。

      
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   <title>最終戦アブダビＧＰ「ベッテル・アロンソ対決、勝利を分けたものは」</title>
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   <published>2010-11-27T01:43:47Z</published>
   <updated>2010-11-27T01:52:09Z</updated>
   
   <summary>祝Ｓ・ベッテル・初タイトル獲得――。 ８ヶ月に及ぶ最近では最も長かったシーズンに...</summary>
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      祝Ｓ・ベッテル・初タイトル獲得――。
８ヶ月に及ぶ最近では最も長かったシーズンに、23歳の青年は耐えがたきを耐え最終決戦に勝ち、チャンピオンシップ・ポイント256点として７位にとどまったＦ・アロンソ252点を逆転した――。最終戦は遮二無二スピードで勝負したレースだった。戦略云々など関係なし、コース上でのドライビングによる分かりやすい決め方。このスポーツの原点「速いもの勝ち」を絵にかいたようなシンプルさ、Ｆ１は本来、こういう“ドライバーズ・チャンピオンシップ”であるべきだと思った。

終盤６戦はベッテルとアロンソしか勝者はいない。３勝対３勝、終盤戦は二人による事実上の“対決”となっていたのである。得点上はＭ・ウェバーがランク２位にいたものの、この６戦は一度もチームメイトより前でフィニッシュすることができず、最速コンストラクターズ・チャンピオンマシンにまたがるセカンドドライバーと言わざるを得ない状況が続いていた。その葛藤、心労、ストレスは臨界点に達し、インテルラゴスでは終始表情が厳しく、アブダビでも近寄りがたい雰囲気を漂わせ、身内のものとずっと一緒に行動していた。とても人前に出て話せる心理状態ではなかったのだ（すべてインタビューは拒否したと聞く）。
「これではベストプレーは望めない」――。最終決戦４人対決でここまで来たが、現場で見るウェバーの様子はもはや“崩壊寸前”に感じられた。戦う前の闘いに自ら敗れていった、と言ってもいいだろう。

事前にさまざまな“チャンピオン予想”が乱れ飛び、最終戦ポイントリーダーで臨むアロンソが条件的に絶対有利という見方が大半を占めた。何百パターンもあるレース展開のなかで、データ上、２位に８点アドバンテージを持つ立場だった彼は、攻めなくとも、守備的ゲームで十分に＜Ｖ条件＞を満たせる余裕が存在したからだ。
しかし、アロンソはアブダビまで大挙出張してきたスペイン報道陣(その数は過去最多)に対し、母国語で冷静なコメントを繰り返した。「この状況は(首位にあっても)前から何も変わっていない。最速レッドブルに乗るドライバーを倒すのは相当に困難なことだ。やってみないと全くわからない」。自分が有利とは言わず、熱くなる周囲を哲学者のような表情で戒めたアロンソ…、僕は05年、06年のＭ・シューマッハとの決戦を思い出し、「あの時よりもっと苦しい立場いることをクールに実感しているな」と、彼の表情を読み取った。

その彼と土曜深夜11時半過ぎに、ばったりと出会った。ヤス・マリーナ・ホテル周辺はアラブの王様たちのＶＩＰカーで大渋滞、その横をパドックから徒歩で汗だくになって移動していたら、渋滞の中に彼の“移動用マセラーティ”が閉じ込められていた。ロールスやベントレー、フェラーリに囲まれ、まるで決勝レースで“ペトロフ渋滞”にひっかかったようだった。アロンソはもう歩いていくからと左リアドアを開け、自分でトランクから荷物を出すと、とっととホテルに向かった。
夕食は既にパドック内のチームケータリングサービスで済ませていたのだろう。徒歩ならホテルまで３分とかからない目と鼻の距離だ。それなのに騒々しいホテル周辺の大混雑、大渋滞のなかにわざわざ彼をマセラーティで行かせたら“パニック”になるのは目に見えている。私服に着替えさせてバイクを１台用意してやればいいのに、こんなところにもチームオーガナイズ、いや段取りの悪さを僕は感じた。

名門といえども今のフェラーリ・スタッフたちは３年ぶりの決戦にすっかり浮足立ってしまった。今シーズン、たびたびチームワークで綻びを露呈してきたレッドブルのほうが最終戦に限っては逆に地に足つけた行動力を示した。要はその“違い”があの15周目、アロンソのピットストップの大失敗につながったのだ。ウェバーが本来の走りができず、19コーナーで右タイヤをヒットするなど乱れているのを察知すれば、集中的に彼だけマークするのではなく、１位ベッテルとの間に３台以上入れないよう、周囲の戦況をもっと警戒すべきだった（結果論ではなくて）。
このレースにベッテルが優勝しても256点、アロンソは４位に入れば258点でＶ条件を満たせる。だが５位だと256点で同点、２位と３位も同回数になり４位の回数が少ないアロンソは＜Ｆ１競技規則第７条２項デッドヒート規定＞によって敗れる――。そこを刻々変化する中で、チームは“安全保障対策”として留意する必要があった。

アブダビに来て予想以上に脅威となったのはマクラーレン・メルセデスとルノー、ともにエンジン面でローテーションに余裕があり惜しげもなくブン回してきた。やりくりしてきた最後のアロンソ・フェラーリは既に“１戦使用済みプラスα”のもの、走行時間距離が増えるにつれ実戦パワーの落ち方が急激になるのが今年のフェラーリの短所である。それがスタートダッシュから如実に現れた。何もミスはなかったのにアロンソはエンジン性能による３～４速アップでＪ・バトンに置いて行かれた。極論をここで述べるなら「このダッシュでチャンピオンを失った」とさえ言える。

さらにピットアウト後、新人Ｖ・ペトロフを40周どうしても抜けなかったのは４～５～６～７速でスピードに欠け、スリップストリームにも入れなかったからで、低速エリアで追突寸前まで接近してもペトロフの後方乱流によってかえってバランスを崩していた。ただし、打つ手がたった一つだけあった。最も速度が落ちる地点を選びフロントウイング翼端板を軽くぶつけてタイヤをカット、相手を弾き飛ばして自分は生き残る最後の手段だ（誰とは言わないが皆さんはこの手を過去に使ってきた有名ドライバーを容易に想像できるだろう）。が、アロンソは弾き飛ばされても、飛ばしたことはいちどもないレーサーで、最後までロシアの新人にこうしたダーティープレーをこころみなかった。彼くらいのレベルならばやってやれないことはないのに、やらなかったのである。ゴール後のランでペトロフにあるポーズをしたのを責める見方があるらしいが、男として当然のアクション、あれをしなかったら××××だ。

2010年チャンピオンは、ＢＳ最後の年に一段とタイヤをより速く、さらに長く使えるドライバーに進化した。ベッテル担当者、ＢＳ現場主任エンジニア、もちろんF1を14年見てきた浜島氏もそれを認める。98年にＢＳが初のチャンピオンになったときのマクラーレンも、2010年の最後のシーズンにチャンピオンになったレッドブルも、ともにＡ・ニューウェイ氏が手掛けたマシンで、Ｍ・ハッキネンもベッテルも、このタイヤとの対話を通じてより速くなった点が共通している。その一方でアロンソは、とうとうＢＳでチャンピオンになれなかった。それも勝負の運というべきだろうか。

      
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   <title>初の韓国ＧＰは“マジカル・ミステリー・ツアー”だった!?</title>
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   <published>2010-10-31T23:44:46Z</published>
   <updated>2010-10-31T23:46:33Z</updated>
   
   <summary>何が起きても不思議ではない、いや何も起きないほうが不思議だ。第１７戦韓国ＧＰへ向...</summary>
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      何が起きても不思議ではない、いや何も起きないほうが不思議だ。第１７戦韓国ＧＰへ向かう前日、そう覚悟した。今回は他では言えない、書けない、僕が見た、聞いた、感じたことをありのままに紹介するが、これは批判のための批判が目的ではないことをあらかじめ断っておく。

10月19日火曜日、15時35分の羽田旧国際線ターミナル発ＪＡＬ便で、17時55分にギンポ空港到着。韓国大使館で取材ビザを認められていた僕は難なく初入国出来た（観光ならビザは不要）。日没後に未知の国をレンタカーで長距離移動するのは避け、その夜はソウル郊外のホテルに投宿。あとになってこの普通のビジネスホテルがいかに快適か、身をもって知ることになる。

水曜日昼に再びギンポ空港へ。ハーツ社の受付は国内線到着ターミナルにあり、親切なタクシードライバーが、携帯で連絡を取ってくれていたので、ここまではスムーズにいった。ヒュンダイ・アバンテというセダンを借り、リクエストしていたカーナビを装備してもらうが英語バージョンはないとのこと。そこで担当者にモッポ市内滞在ホテルへのルートを打ち込んでもらった。ここからはすべてハングル語。漢字もアルファベット（英語）も通用しないマジカル・ミステリー・ツアーの始まりである。

高速道路は日本よりも流れていて、カーナビの指示に従いながら360Kmを約４時間で。絶えず流れる音声ガイダンスを聞いていると「チョンマゲー…」で始まるおかしな言葉が耳につくが、速度違反監視カメラ位置などをいちいち教えてくれるので大いに助かった。「意外にいいじゃないか」とドライブ気分も出て、途中のサービスエリアではうどんを一杯食べる。結構いける味だった。
さあゴールのホテルはどこか？　指示に従いモッポ市内に入って、最後の角を曲がり、辿り着いたところは、いかにもというか正真正銘のせこ～いラブホテル。「まさかここ？」――。１泊200ドル以上、５泊しばりで合計10万円を既にエージェントに支払い済みで（期待はしていなかったけど）こんなところをあてがうとは。

いや違った。その隣が我々のホテルだった。ガレージに駐車してスーツケースを運びながらロビーに行くとそう、ここも紛れもないラブホテル。案内された部屋には椅子もなく旅の荷物を広げておくスペースもなく、ある目的を満たす“短時間滞在用”なのは明らか。赤っぽい室内照明であちこちにミラーがあって、ＴＶは妙に大画面で窓のすぐ隣には「セクシーガール・バー」の看板がチカチカ。この辺りはモッポ市内でも有数の歓楽街(ラブスクエア)だというのを後で知った。

そうか、こういうことだったのか――。サーキット最終承認が10月12日ですべてがギリギリ、ＧＰ開催地としての付帯条件＜ヨーロッパ様式のホテルを近隣にしかるべき部屋数確保すること＞なんて主催者は無視というか、すべて超法規的な措置でやってしまう考え方で、国際自動車連盟もそれを認めたわけだ。べつにいいホテルに泊まりたいわけではなく、料金なりに普通であればそれでいいのだが、無性に腹が立ってきた。

この宿を経営する家族たちは事情を何も知らず、普段１泊2000円の部屋に泊まる、ＦＩＡ招待のお客さんだと思っていたという。英国エージェントがその10倍の値段で我々に売り飛ばし、それをピンハネしているなんて彼らは全く理解できずに驚き、申し訳なさそうな顔で言った。
「エフワンって、取材される方にもそんなことをするのですか！？　１泊200ドルってソウルではシティーホテルのスイートルームの値段ですよ」。
次の日から部屋には新品タオルがふんだんに置かれ、怪しげな照明は普通色ライトに変えられ、インターネット通信環境もセットしてくれた。そして玄関には主催者から配布された「公式Ｆ１ホテル」の認証マークが貼られたのだった。

※余談の余談、我々が最初に間違えたもっともっと“ラブホテル”なところにはフェラーリ・チーム御一行が滞在、土曜日夜にばったりＣ・ダイヤ―達に会い、Ｆ・アロンソとＦ・マッサ専用のマセラーティもそこに駐車してあった。もちろん二人は唯一の普通のヒュンダイ・ホテルに滞在、でも彼らスタッフたちはこの環境で仕事に励んでいた。ちなみにマクラーレンやウイリアムズなど英国名門チームは、市内第２の普通のホテルに滞在、“ラブホ組”チームをさんざん冷やかしていたとか。
　
周辺状況がだいたいこれで理解してもらえたと思う。韓国ＧＰ主催者はＦ１がサッカーＷ杯やオリンピックと並ぶ世界イベントだと喧伝しながら、こんな程度で開催にこぎつけた。以前ならば開催90日前にコース承認されなければならない基本ルールも適用されず、完成したはずのＦ１規格合致ＫＩＣサーキットを、木曜日に下見してまたびっくりだ。あたり一面が工事現場状態で仮設スタンドを建設中、僕の知る限りこれほどやっつけ仕事で強行開催するＧＰは見たことがない。

できたての舗装はまずまずのレベル、噂では日本の業者が手伝ったという（未確認）。しかし排水性は問題ありと木曜日時点で感じた。凹凸があちこちにあって、舗装表面がザラザラしていないので、もし雨が降ってきたらそこかしこに溜まるに違いない。週末の天候が日曜日まで何とかドライでもてばと祈ったが土曜日未明から雨、レースは水煙による“視界不良”で大混乱におちいっていく。

新築プレスルームはコースから離れた場所にあり、そこにいる限り外の様子がまるで分らない。あまり表に出てコースなどご覧にならない各国ジャーナリストはあの水煙も、夕闇迫る暗さも現場にいながらＴＶ画面で眺めるしかなく、情況を把握できていなかったらしい。僕らはスタンド４階にある１４番放送席にいたので、窓越しにあたりの情況を眺めつつ川井君はレーダー画面をチェック、分担しながら刻々変わる様子をできる限りお伝えしたつもりだ。

このコースは海沿いの湿地帯に作られた。基礎工事中に水が湧き出てそれで作業が遅れたのは容易に想像がつく。地盤が軟弱なためパドック内の一部は凹み、マンホールの蓋が隆起して夜に歩くときは躓かないよう注意しないと危ない。パドックを一歩出ると照明など一切ない漆黒の闇、月明かりを頼りに駐車場に行き自分の車を探さねばならなかった。日曜日はプレスルームを午前２時に退室、駐車場は雨でドロドロで足元をすくわれそうになった。転んだら泥まみれ、懐中電灯を持ってこなかった自分は甘かった。

スタートは午後３時、２時20分に放送席に入った。２時30分からルコネサンスラップ開始、アロンソは４周してウェットとインターミディエイトの２種類タイヤをチェック、とても慎重だった。２時45分、急に雨が強まった。「これでは３時スタートは無理」と直感するくらいの雨、昼にあった前座ツーリングカーレースは大荒れになって25分間で打ち切られ、その時よりもコンディションは悪化する一方だ。フォーミュラカーによる水煙はツーリングカーよりもひどくなる。吹き流してくれる風もなく（風速１ｍ前後）、はたして10分遅れ３時10分にＳＣスタートとなる。

正しい判断だ。しかし１周、２周する間にスローペースでも前が見えない状況のため３時16分赤旗中断に。雨は一見小降りになってもいっこうに止まず、結局49分間待機したのち４時05分に再ＳＣスタートとされた。２分40秒前後のラップでも相変わらず視界は悪い。放送席からも通過するマシンがかすんでよく見えない。55周レース終了より先に日没がくるのではないか、いやこのまま“パレード”で第１回韓国ＧＰは打ち切られるのではないか。55周の75%、42周未満の場合はハーフポイントしか与えられない。そうなったら首位Ｍ・ウェバーは有利、追う側は勝っても25点ではなく“４位相当”の12,5点しか加算できないのだから。
こうした計算をレッドブル、ウェバーはいろいろ考え、今日は予選２位からとにかく守りで行こうという心理になっていった（彼らの表情からそれが読めた）。アロンソはそのウェバーと待機時間中に話をしながらも、しっかりとヘルメットのバイザーをセッティング。水煙のなか“曇り止め”対策をして視界を損なわないようにし、万一レースが長引き、夕暮れが来たときに備えて淡いカラーのものにした。西日が強いときは濃い目にするが今日はその必要はない。このように彼は準備万端で決戦に向かっていった。

12コーナーでのウェバーのスピンは完全にミスだった。あのコーナーは逆バンクがきつく、プッシュするとテールが流れる難所になると下見中にも見て取れた。ウェバーは１位ベッテルに離され３位アロンソに追われ、プッシュしすぎた瞬間に濡れた縁石にはみ出た。ドライであれば彼のレッドブルは粘り、アクセルオンのままコースに戻れたと思う。だがウェットレースでのこのミスは致命的、後続アロンソはこれを避けたがロズベルグは“道ずれ”にされてしまい、表彰台チャンスを逸した。上位５人のなかではウェットレース優勝経験がないのはウェバーだけ、僕はそれが引っかかっていた。彼のアクセルオン走法はウェットではリスキーな部分があり、それが現実となったのだ－－。

雨でスローペースラン、エンジン全開率は大幅ダウン、なのにベッテルの８基目ルノー・エンジンは完全に壊れた。とても不思議だ。推定1,600ｋｍ走行ではまだ限界が来るはずはなく（約2,000ｋｍマイレッジ可能）、その使用法やチームの管理に問題があったのではないか。一つ言えるのは２位アロンソとの攻防でベッテルはトラブル寸前にスパートをかけていて、追ってくるアロンソに対し、ややエンジンにむちを入れていた。とはいえそれで致命傷になるとは、過去２戦でよほど“酷使”された後遺症が突如出たのかもしれない。
独走態勢になったアロンソ、ところが暗くなったコースで彼だけが１分51秒台というドライの10秒落ちタイムでゴール寸前まで走った。これは１位ベッテルを追っていた時よりも速く、このペースからは、もしベッテルにトラブルがなかったとしても、アロンソは終盤に仕掛けて抜いた可能性がある。予選一発スピードでは劣っても彼のフェラーリには実戦スピードがあるという“証明”に他ならない。
――勝つべくして勝たねばならないドライバー決戦を獲った韓国ＧＰであった。

一夜明ければ青天、月曜日昼過ぎに再びカーナビを宿の主人と近所のヒュンダイ・ディーラーに行き、ギンポ空港までセットしてもらって帰路についた。
「お元気で」－－。そう日本語で言いながら丁寧にお辞儀をして見送ってくれたご主人、二度と泊まるものかと思っていたが、彼らにはなんら責任はない。韓国内マスメディアはさまざまな混乱を起こした主催者を批判し、「インフラ設備等、滞在周辺環境などは国の恥だった」と報じた。２年目に進歩がなければこのＧＰにいくことを自分は勧めない。

      
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   <title>スタートで生き残った可夢偉、母国ＧＰ７位入賞の大健闘！</title>
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   <published>2010-10-17T21:07:13Z</published>
   <updated>2010-10-17T21:09:48Z</updated>
   
   <summary>男の約束だぜ！ トーチューにも少し書いたが、スタート前に小林可夢偉君と握手をしな...</summary>
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      <name>今宮純</name>
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      男の約束だぜ！
トーチューにも少し書いたが、スタート前に小林可夢偉君と握手をしながら「とにかく気を付けて。絶対完走。ゴールを目指せ」とハートに訴えた。握り返す彼の掌からは覚悟のほどが伝わってきた。

放送席に向かう時間、２時半ちょっと前、広いパドックを彼はひとりでピットに向かって歩いていた。日本ＧＰに入ってから常に報道陣に包囲され、ファンに囲まれていたのに、この時は一人ですたすたと急ぐ姿を見つけて声をかけた。
「小林君、今日はいい天気になって良かったよなぁ…」
そんな軽い会話、雑談モードで気持ちをほぐしてやろうと思ったのだが、足を止めた彼は自分のほうからついさっき終わった予選について語り始めた。僕は取材のために声をかけたわけでもなし、もう終わったことはいいからと聞き流そうとした。
「あれをミスという人はいても僕はそうは思わない。君があのシケインでブレーキロックさせるほど深く突っ込んだのは、ちゃんと国際共同ＴＶ画面もとらえていた。よく突っ込んでたよ（笑）」
「いやあ、でも失敗しちゃいました（笑）。あそこで詰めるしかなかったですからね」。
周りに外人カメラマンが何人かいたが、日本人関係者は誰もいなかったので、自分の気持ちだけは伝えようと思った。

「とにかく気を付けて走ってくれよ！」
いまさら「頑張って」と言う必要はない。彼はもう十分過ぎるほど頑張っている。これ以上頑張ったらレースをあっけなく終える危険性がある。そう感じたからだ。
「今日は絶対生き残りで行きます。（やるべきことは）分かってますよ（笑）」
握手なんてめったにしたことはない。でもこの時は「頼むぜ」「はい、行ってきます」という気持ちだった。表現はふさわしくないかもしれないが、あえて言うと零戦パイロットの出撃みたいな凛々しさが、彼の目にはあった。
「生き残ります」――。
この言葉の響きは、彼の今シーズンの走りを見ていたファンには分かってもらえるだろう。

１４位グリッドは中団ど真ん中、下り坂スタートの鈴鹿だけにいつも以上にダッシュの差がつき、いきなり混乱が予想される。１コーナーまでは３００mぐらいの距離でコースは狭まり、右に曲がりこむ。満タンで車重の重いマシン感覚はさっきの予選空タンとは全然違う。スタートダッシュしてから１コーナーへのブレーキングポイントも予選とは変わってくる。小林の前にはＦ・マッサ、隣にＶ・ペトロフ、後ろにＪ・アルゲルスワリ、危なっかしい連中ばかりだ。
案の定、予想していたことが起きた。ルノーは今回スタート設定を上手く決め込み、３位Ｒ・クビサも１３位ペトロフも勢いよくダッシュ成功、逆に新人Ｎ・ヒュルケンベルグはスタートが鈍った。そしていきなり接触。集団は弾け緊急回避するマシンの群れのなかでアクシデントが連鎖的に発生、マッサとＶ・リウッチも絡んだ。その混乱の中を小林はインサイドぎりぎりで突破、順位は下げても、約束通り見事に“生き残った”。
あとでチーム関係者に聞いた話では、その瞬間、彼は悲痛な叫び声を無線に残していたという。「××××！！！」。

空中戦でパイロットが対空砲火の“弾幕”の中に果敢に突っ込み、そこを切り抜け敵機にドッグファイトを挑むかのように、小林は１周目１コーナーを回避してからポジションを上げていく。
木曜にはいつものようにコース下見をして、かつてはオーバーテイクポイントとして人気があったヘアピンが、今は小さなスタンドがあるだけで、ちょっぴりさみしさも感じたが、ここには緩いバンク角がついていて、手前の右１００Ｒコーナリングラインを工夫して進入態勢をとればインを刺して抜くことは可能。ノーズを前に競り出せば出口ではクロスラインで抜き返されることはまずないことも確認した。

小林はアルゲルスワリ、Ａ・スーティル、Ｓ・バリチェロらを次々と捉え、パターン変えながら抜き去って行く。実戦ラインをしっかり定め、ブレーキング勝負で“一撃離脱”、抜かれたほうはかなりのショックだったはずだ。特に抵抗すらできずあっさり撃墜されたベテラン・バリチェロは１対１のバトルに完敗し、そのあとは小林のチームメイト、Ｎ・ハイドフェルドにも抑え込まれた。ザウバーのエースとして７位６点を挙げ、ダブル入賞によって３７ポイント、ランク７位ウイリアムズ５８ポイントに“１１点差”とした。残り３戦での順位逆転はかなり難しいが可能性はある。ワンランク上がるとチームへの分配金は数億円も違ってくる。日本人初めてのエースにチームの期待がかかる。

チャンピオンシップについて。完勝Ｓ・ベッテル、２位堅持Ｍ・ウェバー、３位確保Ｆ・アロンソという鈴鹿の結果によってタイトル争いの局面に変化が現れた。マクラーレン勢はＬ・ハミルトン（２８点差）、Ｊ・バトン（３１点差）に後退、今年のポイント制では優勝と２位では７点差あるので残り３戦全勝してもウェバーが２位を並べれば、彼らは逆転できない。つまり自力タイトル制覇の可能性は消え、ライバルが自滅しない限りチャンスはなくなったのだ。

２２０点ウェバーと２０６点アロンソ＆ベッテルの三つ巴の構図だ。追う側のどちらかが２勝すればウェバーが２位に来ても並び、最終戦は同点決勝となる。１４点リードとはいえウェバーは追いつめられ、表彰台の後の記者会見も早々に切り上げ、チームの“１－２フォトセッション”にも姿がなかった。彼の深層心理がうかがえる行動だ。チームは「あくまで二人をイーブンに戦わせる」というだけに今後ウェバーはベッテル、アロンソどちらかを抜いて先着しないと防衛できない。いよいよ焦りが募ってきた。

一方ドライバーズサーキットで速さを見せつけたベッテルには勢いがあって、心理的にとてもヘルシーだ。同じマシンパッケージが得られれば自分はチームメイトに負けないという自信がみなぎっている。アロンソもいよいよ心理戦に持ち込み、Ｍ・シューマッハを追って２冠王達成した経験を駆使してくるだろう。勝負の筋を読むことにかけてはウェバーやベッテルより彼のほうが上、フェラーリのマシンパフォーマンスそのものはわずかに予選時には劣ってもレースペースは鈴鹿でも大差に広がらず、総合戦闘力はイーブンに近い。アロンソ一人に完全集中するチームオーガニゼーションは二人を競わせるレッドブルよりも強く、土壇場になってこの違いが思わぬ好機となるかもしれない……。

鈴鹿最高の一日は終わった。
次は前代未聞のぶっつけ本番第１７戦韓国ＧＰ。何が起きても不思議ではないと自分は覚悟している。

P.S.
鈴鹿では「クロストーク・イベント」参加者の方々や多くのファンに激励をいただきました。あらためてお礼を言います。ちょっと寝不足気味でしたが雨のち快晴に恵まれ、今年の名勝負となるに違いない日本ＧＰを個人的にも楽しめました。
東名集中工事と３連休で行きも帰りも７時間以上かかり、国土交通省大臣に会う機会があれば“直訴”しようかと思った自分です。また土曜の大雨注意報下、予選スケジュールを長時間にわたって遅らせて、ファンをずぶ濡れのまま待たせたＦＩＡ側の判断には失望しました。静かに待ち続けた皆さんの態度に、外国メディアは日本のモータースポーツファンの情熱を感じたと驚いたようです。
　
あと３戦、１０年最終章をお楽しみに――。


      
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   <title>「王者のレースマネージメント」を見せつけたアロンソが制したシンガポールＧＰ</title>
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   <published>2010-10-06T02:46:45Z</published>
   <updated>2010-10-06T02:47:28Z</updated>
   
   <summary>相手にとって不足なし――。 ２冠王Ｆ・アロンソと新鋭Ｓ・ベッテルが見せたシンガポ...</summary>
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      相手にとって不足なし――。
２冠王Ｆ・アロンソと新鋭Ｓ・ベッテルが見せたシンガポールＧＰマッチレースは、今年最も見応えある濃厚な内容だった。勝ったアロンソが最速ラップ１分４７秒９７６、２位ベッテルは１分４８秒１４１、この二人の自己ベストタイムは３位以下になんと１．１秒以上もの大差をつけていた。接戦が続く今シーズンでは異例なことで、二人だけが“異次元”スピードをぶつけ合い争った。

ブラインドコーナーだらけ、マリーナベイ・ストリートサーキットはモナコ公道コースのおよそ１．５倍もの長さで、実際走るとまるで罠を仕掛けたように２３ものコーナーが次々に現れる。しかも１５００基プロジェクターによる人工照明は、テレビ的には明るく映し出されてもコース脇で見るとやはり“暗さ”を感じる。
今年初めてここを走ったＭ・シューマッハも「チャレンジングなナイトドライビングを楽しむ」とお愛想の感想を述べていたが、最初は暗さに目がなじまず、他の者の２倍の周回を費やしながらマスターせねばならなかった。

さらに３回目の今年を難しくしたのは雨だ。毎日夕方までに必ずスコールが来て、降った雨がいっこうに乾かない(過去２年は天候に恵まれていたのだが)。それもそのはず陽が６時半には沈み、３０００ルックスの人工照明にはお天道様みたいな“熱エネルギー”はない。高層ビルに囲まれているコースの周りには茂った木々がかなりあって、特にセクター１あたりは風通しが悪くてよけい乾きにくい。足元は泥んこ、テレビはそこまでは映さない。

コースサイド・ホテルに今年初めて泊まれ（料金が昨年までよりも大幅に値下がりしたので）、毎日部屋からコースを見られ、ホテルから昼晩歩いて通うことができた。あちこち濡れ場が点在していて、一つのコーナーのなかにもシミのように黒っぽく残っているのがよく分かる。ライン取りがとても難しいコンディションが金曜、土曜と続いていたのだが日曜はスコールもお休み、午後８時スタート決勝は９９％ドライに変わった。
　ということはドライバーたちは金曜、土曜とはまた違うコーナリングラインにアジャストしながらレースを戦うことになる。分かりやすい「腕の勝負」、正真正銘のドライバーズレースになった。

アロンソはトップに立つとレース中に絶えずミラーでベッテルがどこいるか、その位置と間隔をチェックしながらブラインドコーナーに入る動作を繰り返した。彼のドライビングポジションは新人時代からほかの者よりもかなり低い姿勢をとり、ヘルメットの下半分が横にあるサイドプロテクターに隠れるのが特徴だ。目線は当然下がる。両脇にあるミラーを“上目ずかい”で見上げる格好になるわけで、その時微妙にヘルメットが動く。僕はその動きから彼が後続ベッテルをしっかりチェックし、必要なだけのリードをキープして自分のペースを調整しているのが解った。　

逃げようという過剰意識はオーバーペースのリスクを伴う。守ろうという防御本能はペースダウンにつながりかねない。こうしたマッチレースでの“鉄則”、それは相手をミラーに張り付けるかのように、また見えない糸で結ばれたように間隔を固定させていくことだ。二人は何度も最速ラップを出し合いながら、しかしアロンソは追われれば逃げ、ベッテルに最後まで接近を許さなかった。

６０周目とラスト６１周目に0.2秒差に縮まったのはＨ・コバライネンがマシントラブルでスローダウン、エンジン火災によってコース上にオイルなどが漏れ、イエローフラッグが出ていたから。ここで相手が近づいたからといって焦ってプッシュする必要は何もない。これが「王者のレースマネージメント」とばかりに違いを見せつけたアロンソ、おそらく背後のベッテルもその姿から何かを学んだことだろう。２位で悔しがる表情の裏に全力を出し切った充実感がちらついていた。

Ｍ・ウェバー２０２点、アロンソ１９１点（－１１）、Ｌ・ハミルトン１８２点（－９）、ベッテル１８１点（－１）、Ｊ・バトン１７７点（－４）。数字上はまだウェバーが断然有利なのは確かで、失点を小さくしていけばいい立場にある。追う者はとにかく大量得点を狙うしかなく、もうここからは“ゼロ・レース”は即脱落を意味する。

３５周目に起きたウェバーとハミルトンの接触は結果的にノーペナルティーで、ダメージが大きかったハミルトンだけストップ。ウェバーは右前輪タイヤがホイールからずれながら、振動に彼と彼のマシンが耐えたから“奇跡的”に３位１５点を得られた。でもこういう強運は二度とはないだろう。「アロンソ１９１点、ウェバー１８７点、ハミルトン１８１点、バトン１８０点」、そう変わりかねない首位交代の一瞬の怖さを僕は感じた。

ここまで来た史上最大の決戦、チャンピオンシップを分かつものは確かな実力とほんのわずかの運、終わりへの始まりとなった第１５戦シンガポールＧＰだった。

      
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   <title>モンザ復活祭！　フェラーリ・アロンソがイタリアＧＰで完全勝利</title>
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   <published>2010-10-06T02:42:47Z</published>
   <updated>2010-10-06T02:44:47Z</updated>
   
   <summary>モンザ復活祭――。 フェラーリとアロンソが第１４戦イタリアＧＰ完全勝利、今季まだ...</summary>
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      モンザ復活祭――。
フェラーリとアロンソが第１４戦イタリアＧＰ完全勝利、今季まだＰＰ＋ウイン＋最速ラップはレッドブル勢もなく、これがはじめて。いかに完璧であったか、彼らはタイプが違う第１５戦ナイトレース・ストリートサーキットでも全く同じ結果を出し切った。
戦力構図がイタリアＧＰから激変、僕はもうどのコースでも“レッドブル完全本命”と見てはいけないと直感した。フェラーリ・アロンソは最速マシンに追いつき、現実に追い越しに成功した。

復活した理由は三つある
１．エアロパーツのアップデート、特にアンダーフロア（表からは見えにくい部分）による著しいダウンフォース向上。これは超高速モンザではドラッグ＜空気抵抗＞とはならず、直線スピードを確保したうえで重要なブレーキングスタビリティーをグンと高めた。コースサイドにいて彼のフェラーリが示す“コーナリングアクション”は変わり、フロントのぶれが一切消え、ステアリング切り込みがナチュラルになっているのに驚かされた。もちろんこれでＢＳタイヤとのマッチングも良くなり、消耗度、摩耗肌、発熱性など一歩リードされていたレッドブルに引けを取らなくて済むようになった。

２．チーム体制面でアロンソを主軸にし、マッサをアシスト役にする役割分担が明確にされた。フリー走行から二人のプログラムを変え、マッサはそれを受け入れしっかりデータサンプルを集める走りに徹した。たびたびスピンをするほど攻めてはセッティングの“限界”を探り、エンジニアに「これ以上は無理」という事実を知らしめ、方向性を教えた。NO.2扱いと言えばそうなるがマクラーレンもレッドブルも今こういう体制がとれずにいる。その点においてフェラーリ・チームには彼らだけの強みがある。僕は今のマッサの役割と仕事が、今後のチャンピオンシップにかなりかかわってくると思っている。

３．アロンソがとても元気だ。終盤戦もここまで来ると、けして表には出せない＜蓄積疲労＞が何気ない態度に滲み出るもの。しかしモンザに見るアロンソはパドック出入りでティフォシにもみくちゃにされても表情はにこやか。歩幅の大きい歩き方が印象的だ。アスリートは普段の“歩きかた”に体調が表れる。モンザは超高速でなおかつシケインが多く、そこをカットして走る時に人によっては脳震盪に近い頭痛に苦しむ。これは一種の「モンザ病」だ。鎮痛剤はなく、ドライバーは自分自身で耐えるほかなく、フィジカルコンディションが万全でないとベストプレーを連続できない。モンザは１９戦中で最もタフなコースのひとつ、シーズンが深まり疲労度が募る９月に毎年開催されるイタリアＧＰを＜決戦＞と言ってきた理由はそれだ。

マシンが大幅にインプルーブされ、チームが采配を一本化、エースたるアロンソが求めていた条件はほぼすべてそろった。本命は彼、今こうして書いているときにではなく、９月１１日、最後のフリー走行を見てパラボリカからパドックに歩いて帰るときに、９０％そう信じた。

P.S　
１０月８日にドキュメンタリー映画『音速の彼方へ（原題ＳＥＮＮＡ）』が東宝東和から公開されます。ワールドプレミアで日本が最初、すべて実写シーンで構成されていてナレーションもなく、とてもシンプルな作品です（なんか彼自身が監督したような気さえします）。ブラジルで製作されたこの映画に実は僕も“出演”しています。製作側からフジテレビに９４年サンマリノＧＰ中継映像素材の提供依頼があり、僕のもとに今年春ごろに打診がありました。どういう形で使われるのかは不明でしたが快諾しました。Ａ・プロストはじめＪ・スチュワートら多くのドライバー、Ｒ・デニス、Ｆ・ウイリアムズ、Ｊ－Ｍ・バレストルＦＩＳＡ会長などが貴重な「証言」を語り、セナの「名勝負ドラマ」の裏側が描かれています。生誕５０年、彼のレースをリアルタイムで見た方も見られなかった方も、１０月日本の映画館にセナ降臨です。

      
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   <title>緊急提言＜２輪界の賢者たちは、今こそ改革の勇気と知恵を絞り出せ！＞</title>
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   <published>2010-09-11T13:52:44Z</published>
   <updated>2010-09-11T13:59:05Z</updated>
   
   <summary>Ｆ１の合間、ヨーロッパ滞在中に２輪モトＧＰがあれば必ずＴＶ生中継を観戦している。...</summary>
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      Ｆ１の合間、ヨーロッパ滞在中に２輪モトＧＰがあれば必ずＴＶ生中継を観戦している。ベルギーＧＰの翌週、パリにいて「サンマリノＧＰ（ミザーノ）」のモトＧＰ決勝レースを見ていたら、サポートイベントのモト２で重大事故が起きたことが報じられた。現地１４時２０分には、コメンタリースタッフが「トミザワが亡くなった」と伝えた。

ユーロスポーツがそのままモトＧＰレース実況生中継を流し、レース後になってからしかるべき対応をしたのは、自分も現場でＡ・セナ事故に接したことがあるだけに、慎み深い態度だったと思う。表彰台には半旗が掲げられ、むろんシャンパンファイトはなく、それで表彰式は済まされた。レース後のダイジェストで彼の事故シーンが流されなかったのも正しい判断であり、ディレクター諸氏は混乱したはずだが、亡き富沢氏への配慮が感じられた。

自分は彼とは面識もなく、また２輪モトＧＰを専門取材している立場にもないが、近年このスポーツでは重大なアクシデントが多発していてＦ１アクシデント以上に気になり、見るたびにその潜在リスクを感じていた。なぜもっと関係諸機関が“事故防止”のための対策を検討しないのか、むき出しのまま３４０km/hというＦ１と同じかそれ以上の速度でバルセロナのコースを疾走するシーンを見るたびに、小心な自分は「怖さ」を感じずにはいられなかった。

２輪関係者は昔ながらのあのスタイルに慣れっこになっているのかもしれない。でも自分には信じられない。ヘルメット素材の強化はもちろん形状の大型化、レーシングスーツの“カプセル化”など、それがロボットデザインになったとしても、生身の体を防御する方法をもっと考えるべきではないか。
　――富沢祥也氏が他界されたシーンを見ると残念無念でならない。２輪界の賢者たちは、この世界一デインジャラスなスポーツを今こそ「改革する」勇気と知恵を絞り出すべきではないのか。自分は２輪のアウトサイダーでも、どうしてもその一言を言いたくてこの文章を書いた。

モータースポーツに関わるひとりとして、心よりご家族やご親族、バイク・フレンズの方々に深い哀悼の意を捧げたい――。　　


      
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   <title>ハミルトンの“強運”とベッテルの“拙速”が際立ったベルギーＧＰ</title>
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   <published>2010-09-11T13:40:05Z</published>
   <updated>2010-09-11T13:51:51Z</updated>
   
   <summary>ベルギーＧＰのコメンタリーボックスの位置は、グリッド４列目の斜め上あたりにあり、...</summary>
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      ベルギーＧＰのコメンタリーボックスの位置は、グリッド４列目の斜め上あたりにあり、６位のＦ・マッサが所定の３列目アウト側に向かうのが見えていた。スパは１周７，００４㎞と長いため、普段よりも各車がグリッドに着くのが遅くなる。
「アレ！」－－。マッサのフェラーリがグリッド枠をはみ出て止まった。目視でも半車身は前に出ているのが分かった。
これは明らかな“スタート違反”になる。レースディレクターがどう判断するか、スタートのやり直しになるだろうと、僕は一瞬思ったが、レースはそのままノーマルの手順で進行した。

レースディレクターはグリッドを見下ろす高さ数mのタワー上にいる。マッサのマシンが見えない位置ではなかったはずだ。またグリッド横にはスタート監視員のマーシャルもいる。昔はエンジンストールする者が多く、彼らが一斉に黄旗を振り、後続マシンに異常を知らせた。今回もまったくそれに等しい事態だったのだが……。

このマッサの“スタート位置違反”は結局、何ら問題にならず、スタートで４位に上がり、レースを４位でフィニッシュして終わった。この時点で、他チームが彼の違反に気が付かなかったせいもあるだろう。というのも彼の６位グリッドあたりはスパの場合、ピット側からはウオールに遮られてよく見えない位置関係になっている。スタート時にはチームメンバーも原則として危険なためにピットガレージ内に引きこもらねばならない。意外な“落とし穴”、いや“死角”になったマッサのスタート違反、後になってからこの件をＦＩＡが調査に乗り出したが何ともお粗末な失態であった。
　
今年のＬ・ハミルトンは強運だ。雨がらみになったスパでは、ライバルが次々にトラブルや事故にまみれて引き下がり、自分もあわや危機一髪のコースオフをしながらも３勝目。武運長久だ。

ハミルトン１８２点、M・ウェバー１７９点、スパで１－２位の二人がチャンピオンシップをリード。S・ベッテル１５１点、Ｊ・バトン１４７点、Ｆ・アロンソ１４１点、３人とも追加点できずに終わった。Ｒ・バリチェロに１周目、最終シケインでヒットされたアロンソは完全なもらい事故、あの場でリタイアしても不思議ではなかった。衝撃は大きく、のちに彼は単独スピンして終えたのだがダメージが進行していた可能性がある。

バトンに仕掛けていき側面をヒットしたベッテル、あれは彼のラインミスで左に振った瞬間にバンプで跳ねてコントロールを失った。ベッテルだってぶつけたかったわけではない。あの状況では優勢ながらもセクター１の速いバトンを捕まえられず、山下りセクター２では抜こうにも幅が狭く、あの地点で仕掛けるほかなかったのだ。
しかしブロックする相手の動向を読み、完全なパッシング・チャンスを“待つ”時間を若いベッテルは我慢できなかった。拙速という言葉があるが、勝負を急ぎすぎたプレーは過去にもいくつかあった。最速に値する才能の持ち主は「仕掛けるのも早い」という個性を持つ。今後、終盤戦にもこれに似たバトルシーンは予想され、そのとき彼がどう動くか、王者になるための試練である。

第１４戦イタリアＧＰモンザ、２０１０年６戦勝負シリーズが９月から“開幕”だ。
１位ハミルトンと２位ウェバーは実質同点のイコール条件、３位ベッテルは“３１点差”となって毎戦６点を挽回しないといけない。５位アロンソは“４１点差”、毎戦７点の挽回レースは計算上相当厳しい。だがそれをよく知ったうえで２冠経験者アロンソは「まだ諦めない」と言い切る。ティフォシに向けた単なるリップサービスではなく、今彼が追う相手は皆若い（ハミルトン＆ベッテル）か、タイトル未経験（ウェバー）で、ディフェンディング・チャンピオン（バトン）は自分よりスピードに欠ける、と読んでいるからに他ならない――。

      
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   <title>真夏の2連戦パート２　ハンガリーＧＰはレッドブルのためにあった!?</title>
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   <published>2010-08-25T18:52:40Z</published>
   <updated>2010-08-25T18:54:13Z</updated>
   
   <summary>ホッケンハイムからいったんレンタカー、オペル・メリバで月曜日にパリまで５５０km...</summary>
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      ホッケンハイムからいったんレンタカー、オペル・メリバで月曜日にパリまで５５０kmを走って戻り、水曜日午後フライトでハンガリーのブタペストへ。2時間少々で到着、今度の足は初めてのチェコ製のシュコダ・ファビオという小型セダンだったがギア操作がとても滑らか。一昨日まで乗っていたオペルよりも好感が持てた。

ハンガリーGPはまるでレッドブル・ルノーのためにある第12戦となった。僕は主にセクター1と3を見に行ったが、軽快なコーナリングに無駄な滑りは全然なく、ニュートラルステアを常に維持できていた(乗りやすそうだなあ～と山本左近君と意見が一致)。路面状態が日ごとによくなっていくハンガロリンクで、彼らは正確に0.4秒ずつ短縮、FP１と2はＳ・ベッテル、3はM・ウェバーが交互にトップ。先週勝って乗り込んできたフェラーリ・Ｆ・アロンソは手も足も出せず、その速さに脱帽だった。

パドックではこのショッキングな速さに、今度は彼らのフロントウイングへの“クレーム発言”が流れ出した。コーナリング中に風圧によって低く垂れ下がり、路面との隙間が減って空力効果を高めている、という“指摘”だ。ウイング類には静止した状態での強度基準が定められていて、レッドブルはもちろんパスしている。しかし他チーム(特にマクラーレン)が騒ぎ出したのを受け、FIA側はフロントウイングの強度測定基準を新たに変更することを明らかにした。より丈夫なものにしなくてはいけなくなり、これはベルギーGPから採用されることになっている。

この騒動に関して、僕は昨年からレッドブルだけが高速コーナーでフロントウイングをぶるぶる振動させていて、取り付け部分に不具合でもあるのではと何度も思った。コースサイドで見ていると、しなるというか、垂れ下がるというか、フレキシブルというか、表現方法はいろいろあるが、僕はなにかそこに“シークレット”があるのではと、ずっと疑問を抱いていた。その件が最近になって表面化してきたのは、カメラにこの振動する瞬間の画像が載ったからなのだが、実はもっと以前からいわゆる「フレキシブル・ウイング」を彼らは試し、その効果を確認テストしていたと僕は推察している。めったにコースに出ていかない人々たちには、なかなか気付かれないことではあるが－－。

レースはウェバーが逆転勝利、これでシリーズの首位に立った。この4勝目は一味違う内容で、ピットインを先送りしながらオプションタイヤでリードタイムを稼ぐ力走に、彼の気迫が見て取れた。タイトル争いに賭ける意欲がむき出しだった。
　一方、今季7回目のPPを獲得したベッテルは“勝てるレース”をまた落とした。ウェバーとは対象的だ。敗因はセーフティーカ―退去時に車間距離を開けすぎ、隊列を乱したためにドライブスルーのペナルティーを喫したからだ。こういう負け方は、あとまで悔いが残るからよくないことだ。以前にも指摘したがベッテルの天敵はSC、これが現れると“天才”は自分のリズムを崩してしまい、ミスが多くなる。今回はルール上の問題だが、彼は「なぜ自分がペナルティーなんだ！？」と感情的にもなっていた。これでは、ライバルたちに弱点を見せることになる。終盤戦、SCがどれだけ出るか、その時ベッテルがどう対処できるかに彼のチャンピオンシップがかかっていると言ってもいいだろう。

もう一つ、Ｍ・シューマッハの幅寄せ事件について。断然速い後方Ｒ・バリチェロをブロックしようとする彼がピットストレートで演じたあのプレーは、最近のF1基準からすれば「相当厳しい」と言わざるを得ない。しかし15年前、90年代にはああいうプレーはよくあったこと。相手のバリチェロはそんな時代に生きてきたひとりであり、抜くか抜かせないか、食うか食われるか、シビアな時代を二人は体験している。バリチェロが昔チームメイトだったからああいう行動をとったというより、お互いベテランであるから咄嗟に昔のように“ワンポジション“へのこだわりを見せたのだろう。シューマッハ基準と今のF1基準の相違が“事件”へと発展した。

あとでG・ベルガ―も僕の感想と似た趣旨の発言をしている。昔はセナ、ピケ、マンセル、ベルガ―だってシビアなブロックを演じ、シューマッハもそうだった。ただし、現代F１基準があれを“次戦１０グリッドダウン・ペナルティー”相当と認定、審査委員会が断罪したからにはシューマッハは従うべきであり、また今後、彼らは誰に対しても同様に対処すべきだ。

ほかにもこのレースではペナルティーが多数科せられた。Ｒ・クビサへの“１０秒ストップ”、ルノーとメルセデス・チームに“罰金５万ドル”、ピットレーンでの混乱責任を厳しく追及されたのだ。やや乱発ぎみだが今後への戒めと僕は理解する。

真夏の２連戦を終えてプレスルームを離れたのは深夜１２時ごろ。ひんやりした冷気のなか、市内ホテルに帰りもう一仕事、ルームサービスがなく残業めしはカップ焼きそばと地元のワインを。物足りないが我慢がまん、明日月曜日にはパリ経由で機内１泊、火曜日には日本に着く……はずだったのが、パリで成田行きフライトが欠航となって１２時間遅れの火曜日昼出発に。用意された空港内ホテルで着の身着のままで１泊、ゲートでばったり会った小林可夢偉君と一緒に水曜日早朝にやっと成田に着いた。ブダペストを出てから２泊３日、真夏２連戦の旅路はちょっと長かった。

      
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   <title>真夏の2連戦パート1 第11戦ドイツGP「チームオーダー事件について」</title>
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   <published>2010-08-14T18:34:01Z</published>
   <updated>2010-08-14T18:36:47Z</updated>
   
   <summary>49周目、6コーナー・ヘアピン立ち上がりで1位マッサがショーシフトアップして加速...</summary>
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      49周目、6コーナー・ヘアピン立ち上がりで1位マッサがショーシフトアップして加速が鈍った瞬間、背後に居たアロンソが抜いていったプレーに対し、審査委員会はペナルティー対象として動いた。
F１競技規則39条レースの第1項には「レース結果に影響を及ぼすチームオーダーは禁止される」とだけ書かれてある。ここには具体的なチームオーダーの定義はなく、またどういった順位操作プレーが審議対象になるのかも言及はしていない。あくまで“レース結果に影響を及ぼす・・・”という、他のレギュレーションにくらべてやや曖昧でファジーな文言だ。
今回のケースはフェラーリ・チーム内の無線会話内容がオンエアされ、誰が聞いても分かる“状況証拠”が残り、事態は大問題に広がった。
競技中の選手と、采配する側（ベンチ、ピット）のやり取り、会話、私語なども含めて全てオープンにされるプロスポーツはあるだろうか？
たまたまこのドイツGPからチーム無線会話が“全面公開”とされた。野球、サッカー、バスケット、何でもいいが団体競技（チームスポーツ）では真剣なプレーの最中には人に聞かれたくない言葉や、汚いフレーズも飛び交っている。それは勝負がかかっていればこそである。がそれらをF１では全て公開することにした。僕個人的には覗き趣味というか、盗聴マニアっぽくて賛成しかねる（いままでのように一部公開はあっていいと思うが）。
そうするからにはトップチームだけでなく下位チームも誰も彼も均等に扱い、たとえばこのGPではどこのチームとドライバー何人をピックアップするとか、それで十分このスポーツのリアリティーを見る側に伝えることは可能だろう。
公開される無線会話でこれから奇妙な暗号的フレーズ、あるいは英語ではない言葉を使う手段がとられるに違いない（もうすでにそうしているチームも多い）。

翻って“レース結果に影響を及ぼす”行為は、いくらでも拡大解釈できる。スタート直後からの同チーム2台間の追い越しプレーも、見方しだいでどれも“レース結果に影響を及ぼした行為”にとれる。いまのは故意に抜かせた、いや実力で抜いたのだと、奇妙な言い争いにもなりかねない・・・。
39条1項にかかわるペナルティーを回避するのも簡単なことだ。ピットインで故意にタイムロスさせるとか、コース上でわざとオフラインに入ってハーフスピンするとか、いくらでも手口は考えられる。――しかしうがった見方でこうしたことばかりを気にしてレースを見ていたら、モータースポーツそのもののリアリティーは吹き飛ぶ。それこそ茶番だ。
自分は現行の「チームオーダー禁止ルール」そのものに無理があると考える。チーム内で選手権下位の者がたまたま前に出ても、後ろに選手権上位の者が迫っていて、しかも明らかに速いのであれば、順位を明け渡すのはまっとうなチームプレーだ。そのドライバーのフェアプレーになろう。だがどうしてもそれを拒み、エゴを貫きたいのならそうすればいいことだ。そうした者はいずれ孤立し、去っていくレース人生で終わった例が多い。シューマッハに譲り、ライコネネンに譲られた経験があるマッサは、現役ドライバーの中で最もよく“チームオーダー”の内情を知っている男だ。あそこで潔く譲っていなかったら、マッサは２位どころかアロンソ、ベッテルの攻撃に遭い無理してスピンして終わっていただろう。
つまりチームオーダーによってマッサのプライドも守られ、フェラーリは通算81回目1－2フィニッシュを達成し、チャンピオンシップ終盤につないでいくことができたのだ。
「君はよくやったぞ！」
担当エンジニアの一言にはいろいろな意味があった――。

      
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   <title>大盛況！　第11回「トークイベント」参加お礼</title>
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   <published>2010-08-14T18:19:19Z</published>
   <updated>2010-08-14T18:22:12Z</updated>
   
   <summary>8月8日（日）の第11回『今宮純クロストーク・ミーティング』はお陰様で大盛況に終...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://junimamiya.aspota.jp/">
      8月8日（日）の第11回『今宮純クロストーク・ミーティング』はお陰様で大盛況に終わりました。全国各地より参加いただいた方々、またご協力いただいた関係者の皆さまに心よりお礼申し上げます。
今回は帰国中だった小林可夢偉選手も、初めて“サプライズゲスト”として駆けつけてくれ、率直でリアルな「生トーク」で満員（200名）の会場を沸かせてくれました。その模様は後日、紹介させてもらいますが、ちょっとだけ触れると、実際にレーススタート直前フォーメーションラップでドライバーは何をし、何を考え、実行しているのか、手と足と指の操作を舞台上で分りやすく説明してくれました。オーバーテイクの技、ライバルとのせめぎ合い、実名をバンバン挙げて会場内には驚きの声も（！）。
「完全オフレコ」、「ここだけの話」など参加者の質問(リクエスト？)に、時には真剣に、そしてユーモアたっぷりにきり返す彼のセンスや人柄に、終了後は「カムイ選手との距離が縮まってすごく親近感が持てました！」と皆さん感激してくれた様子でした。
イベント終了後も、サイン、握手、記念撮影と約束時間をオーバーしてファンサービスしてくれた可夢偉選手。「イマミヤサン、あれでOKでしたか。僕も楽しかったです、また日本に居たら参加させてください」と笑顔で約束してくれたことをお伝えしておきます。

レギュラーゲストのBS浜島さんには、1997年から14シーズンにわたるF１活動について、その思い出などを語っていただきました。
「短くかくて長かったです……」と目を潤ませながら話すその一言一言に場内はシーンと……。また、雑誌等では書かれていない今年のタイヤとドライビングの関係、M・シューマッハやS・ベッテルとのエピソードも披露、この日は「ツインリンクもてぎ」でＦ・ニッポンがありましたが、朝のウォーミングアップに立会い、そのまま汗だくで会場に直行してくれたのです。舞台上で小林選手と後半戦ベルギーGP以降について“生ミーティング”が始まり、それは控え室でもずっと続いていました。

――あらためて3時間もの間お付き合いいただき、ありがとうございました。また次は、シーズンオフに第12回を開催する予定です。
F１LOVERS皆さんの力によってこの手作りイベントは継続されていきます。よろしくお願いします。


      
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   <title>大混乱のヨーロッパＧＰ、小林可夢偉７位入賞</title>
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   <published>2010-07-03T23:54:51Z</published>
   <updated>2010-07-03T23:59:10Z</updated>
   
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      <name>今宮純</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://junimamiya.aspota.jp/">
      タクシーで通えるのはここバレンシアのヨーロッパGPぐらいだ。市内北駅近くの常宿ホテルからは約10分、10ユーロ程度の料金で行ける。途中、渋滞もなく安くて確実。行き返りの車内でいろいろ考える時間が持てるのもいい。だから最初の年からレンタカーは使用していない。
バレンシアの街並みは小奇麗で、今年は６月下旬に日程が早まったから朝から灼熱の陽射しを浴びることもない。街のはずれのハーバーサイドにあるサーキットに着くと気持ちいい風が緩やかに吹いている。同じ地中海沿いのモナコGPよりもずっと庶民的な雰囲気で好感が持て（物価も安いし）、個人の観戦旅行ならここは絶対にお勧めのグランプリだ。

４年に一度のサッカーW杯の予選リーグが重なり、週末のＦ１パドック内ではモーターホームのTVにみんなが群がり大騒ぎ。チーム関係者には本物の“フットボールファン”が多く、ドライバーも各国スター選手たちと普段から交流があるので、チームの内情にとても詳しい。我々には番狂わせに見えたイタリア、フランスの敗退も彼らには予測されていた結果らしい。
「ニッポンはよくやったじゃないか」――。
敗退したフランスの連中に言われた。その心は「体も小さく、プレス能力もなく、ストライカーもいないのに、面白いゲームをした」という意味だ。こちらではサッカーとはあまり言わずフットボールと言っているが、ニッポンの＜蹴球道＞は新鮮に見えたらしい。確かに日本のゲームスタイルは大リーグのイチローのような“スモールベースボール（野球）”に似ていて、メジャーリーガーたちとは一味違う細やかな攻・守・走が面白い。僕はそこが共通しているように感じた。

予選１８位、既成９チームのビリに下がった小林可夢偉は２戦連続ワーストポジション。予選はBSプライムタイヤ（硬い）で１分３９秒６６９、オプション（柔らかい）で１分３９秒３４３、あまりタイムアップできなかった。チームメートのＰ・デ・ラ・ロサは0.8秒アップしているのに、オプションのアタックに失敗した小林はQ1ノックアウトだった。
しかし内容をチェックしてみるとプライムではデ・ラ・ロサを上回り、マシンにはフィットしていた。決勝を前に小林はこのプライムをスタートで選択。同じプライムを選択したドライバーは７人いたが、Ｍ・シューマッハ以外は新興チームの連中だけに奇策といえば奇策だった。

このプライムでとにかく引っ張る――。小林はGP２時代もこうした他とは違う“ロング＆ショート作戦”をしばしば決めている。過去２回のヨーロッパGPでセーフティーカーの出動はないが、この日は前座のGP2で大追突事故（Ｍ・ウェバーとＨ・コバライネンのケースに酷似）があったし、F１以外では頻繁に出ている。これもチームとともに想定し、そうなったときは先にピットインしてオプションにスイッチするのはデ・ラ・ロサで、小林は“ステイアウト”する別々の“連携作戦”を事前に組んだ。シンプルな作戦だ。

ただしこれを実行するためには、小林がプライムタイヤを消耗させず、ミスなく走るのが絶対条件。ビッグブレーキングが多いここではフロントがロックしやすく、表面にフラットスポットができやすい（１位Ｓ・ベッテルも実はこれで苦しんでいた）。また加速時にはホイールスピンしやすく、リアの磨耗を進行させやすい。小林はこの点も十分注意した。「タイヤマネージメント」という言葉を僕は昔から使っているが、具体的にはこういう細やかなドライビングスキルを意味している。

９周目に事故発生――。ウェバーがストレートエンド１２コーナーで、コバライネンのマシンに追突したアクシデントについて一言で言うなら、あれはウェバーが“Fダクト”を片手操作中に追い越そうとして起きたように僕には見えた。　右左に進路を変えながらバトルするその一瞬に、ステアリング操作に集中できずダクト操作で忙しかったとしたら……、TV画面からはそう感じられた。
ともあれウェバーが大事に至らなかったのは、マシンが丈夫だったからではなく、上下左右に回転しながら偶然ああいう形で収まったからだ。付け加えるなら、レッドブルのチーフ・テクニカル・オフィサー、A・ニューウェイさんは、この“Fダクト使用片手運転”に危惧を抱いていた人物の一人だった。

もう一言言おう。この事故でセーフティーカーが出動、１コーナー手前で並走する２位Ｌ・ハミルトンは一度アクセルを緩めている。ここで彼はセーフティーカーの存在を見た（に違いない）。がその直後、なんとこの＜安全確保車両＞を抜いて行った。これを直後の３位Ｆ・アロンソははっきり目撃したが、減速して従いこれによってピットインタイミングで“大損”して順位を下げることになった。さらに、このハミルトン重大違反が審議対象になったのは１０周以上後であり、ドライブスルー・ペナルティーが宣告されたのはさらに４周あとだった。遅すぎる（アロンソが感情的にFIA批判したのもよく分る……）。
問題点は二つ、なぜセーフティーカー・ドライバーは、すぐにレースディレクターに「いまカーナンバー２が追い越した」と報告しなかったのか。報告したとすれば、なぜジャッジを下すまであれほど時間がかかったのか。時間がかかればかかるほど、違反行為者は得をすることになる。
もうひとつは、９３年からF１に採用された安全確保が目的のセーフティーカーを追い越すという重大な違反なのに、ドライブスルー・ペナルティーは軽すぎるのではないかという点だ。W杯サッカー大会でも審判の“誤審”が問題になりFIFAはさっそく検討を始めたそうだが、ルールを守った者と守らなかった者を公平に裁き、スポーツの信憑性（誰が見ても分りやすい競技性）を高める取り組みを、FIAはもっと徹底しなければならないと僕は思う。

長くなるがレース後、さらに９台がセーフティーカー・ラン中の基準タイム違反で、レースタイムに一律５秒加算のペナルティーが下った。試合終了約４時間後の午後７時３０分になって、この裁定が正式発表されたが、違反者９人の過失は軽重それぞれなのに、全員に同じ“５秒加算”という判例も過去に例がない。このように混乱を極めた審判団の行動は今シーズンのワーストだった。おかげで日曜夜に閉店間際のレストランに駆け込むと、親父さんから「いったいどうしてアロンソはああなったんだ？」と詰問されるはめになった。分りにくいF１のイメージをJ・トッド会長には是非刷新していただきたいものだ。

話を小林に戻すと、１位ベッテル、２位ハミルトン、３位小林、４位Ｊ・バトンとなってからの中盤のペースは、マクラーレン・バトンに「抜く隙さえなかった」と言わしめたほどだ。ではなぜ予選１８位のマシンがマクラーレンに対抗できるほど“速く”なったのか？
理由は四つ。１、ハミルトンが先行したことで前がクリアーになり、全く乱流を浴びずに理想的なエアロ状態が維持された。２、公道コースの路面グリップが強くなって予選以上にプライムタイヤでのバランスがよくなった。３、ザウバーは今回、燃料重量がレース中に軽くなっていく変化に影響されにくい細かいアップデートパーツを入れ、そのセットアップは予選よりもレース重視だった。４、序盤からタイヤを消耗させずに来た小林がリズムを完全につかみ、後ろのバトンをバックミラーで気にせず（プレッシャーを意識せず）少しずつ攻める「アブダビGP」パターンを思い出した。以上が挙げられる。

小林は５３周目にピットイン、僕はこれを正しい判断だと思った。これより遅いと、オプションタイヤをウオームアップできないままチェッカーになる。彼は２周足らずでこのタイヤのグリップを引き出して５６周目にアロンソを抜いた。際どいサイドバイサイドだったが相手のアロンソはフェアで、もし彼でなければ接触リタイアした可能性もあった。５７周目のラストコーナーではＳ・ブエミのインを急襲、相手がここで来るとは思っていなかったのだろう、ブロックラインをとっていなかった隙を突くことができた。きれいな７位・６点ゴール、最終ラップの最終コーナーでオーバーテイクしながらフィニッシュするシーンはめったにないことだ。このように小林可夢偉１１戦目のレースは、彼の力とチームのJ・キー技術監督、担当エンジニア、そしてメカニック（５秒５で焦らず正確にタイヤ交換）たちによる、表彰台にも等しい “金星”だったのである。

P.S.　レース後、パドックでスパゲッティをばくばく食べる小林君と缶ビールで 一緒に“乾杯”。今日はビールだけどシャンパンは、もっと上位でフィニッシュした次の機会としよう。

≪お知らせ≫
すでにご案内のとおり今年も盛夏８月８日に、第１１回クロストーク・イベントを、いつもの東京青山のホテルで開催します。F1はちょうど第１２戦ハンガリーGPを終え“夏休み”期間に入りますが、ゲストの方々（複数を予定）とともにまた大いに語り合いましょう。中盤戦までの数々の出来事を“総括”しながら、日本ＧＰを含めた後半７戦の展望やBSタイヤ・F１ラストシーズンのカウントダウンなど、今回もスペシャルでサプライジングな話題をたくさん用意しお待ちしています。
――エントリーはお早めに。シー・ユー・スーン、F１LOVERS


      
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   <title>マクラーレンが2戦連続1-2フィニッシュ、反撃攻勢に転じたカナダGP。</title>
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   <published>2010-06-27T11:25:11Z</published>
   <updated>2010-06-27T11:26:41Z</updated>
   
   <summary>レッドブルがまた拙いレースをやってしまったカナダGP。うまいレースをしたマクラー...</summary>
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      レッドブルがまた拙いレースをやってしまったカナダGP。うまいレースをしたマクラーレンが2戦連続、今季3度目になる1－2フィニッシュ。レッドブル内部にはまだ“トルコ後遺症”がくすぶっている気配が感じられ、そこをマクラーレン勢とフェラーリ、Ｆ・アロンソに突かれた。

ここまでの８戦・全491周のラップリーダー記録は1位Ｍ・ウェバー210周、2位Ｓ・ベッテル117周、3位Ｊ・バトン73周、4位Ｌ・ハミルトン55周、5位アロンソ18周、6位Ｎ・ロズベルグ17周、7位Ｓ・ブエミ1周となっている。圧倒的な数字だ。レッドブルが実に327周も“支配”していて、現在ランキング首位のマクラーレンは3分の一程度の128周でしかない。これほど速い（速かった）レッドブルが3勝、193点の2位というのだから、4勝、215点の“名門チーム”がいかに“上手に”ゲームを戦ってきたか分かるだろう。

さて2年ぶりの開催となった31回目のカナダGP（モントリオール）に、初めて大西洋周りで行った。というのも僕は5月上旬に日本を出てから、第5戦スペイン～第６戦モナコ～第７戦トルコとずっとヨーロッパをベースに移動、このカナダGPもやはりパリから移動した。いままでは日本からシカゴかNY経由で乗り継ぎ、正味20時間弱ほどかかっていたフライトが7時間少々で済んだ。おかげで13時間の昼夜逆転時差にも悩まされず、機内ではエア・フランスの美味料理も楽しめた。ヨーロッパのＦ１関係者がカナダGPを好む理由がよく分かった。

疲労感もなくすぐそのまま空港からサーキットに直行、コースを韓国車KIAのリオというセダンで走った。「何も変わっていないな」。これが２年ぶりのジル・ビルヌーブ・サーキットの印象。コース幅は狭く、パドックも狭い。我々のプレス駐車場も狭く、車はボートコース脇の土手の草地に乗り上げて止める。プレスルームはボートコースの中の水上に“仮設小屋”を作ったもので、人が歩くたびに床が揺れる。アメリカやカナダには巨漢体型の男女が多いから、絶えず“余震”が続く。贅沢はいわないが30年前からほとんどアップデートがないサーキット施設はいまやここだけだ。幸い今年はコースの舗装が剥がれずGPウイークは無事進行できたが、進歩していたのはこれくらいだった（といっても剥がれないのが当たり前なのだが）。

それでもコースレイアウト自体は攻めがいがあり、オーバーテイクポイントもあって、ブレーキングテクニックが見どころになる。壁ぎりぎりでマシン・コントロールをする技術、勇気、集中力が必要とされる、モナコGPとはまた違った“ドライバーズサーキット”だ。今年ここを走った日本人は、たぶん僕と小林可夢偉君だけだろう（彼は戦うために、僕は伝えるために）。KIAでレーシングラインをゆっくり走りながら、シケインでは縁石にタイヤを引っ掛け、出口ではコンクリートウオールに接近し、わざとオフラインも通って視界などを確認。TV画面では伝わってこないリアルな感覚を自分の体に染み込ませるのが目的だ。

１周目、最終シケイン入り口でＮ・ヒュルケンベルグとＭ・シューマッハと競り合いながら、インサイドラインになった小林は縁石をまたいでしまい、コントロールできなくなって出口右側にクラッシュ。「ボンジュール・ケベック看板」に刺さった。9位争いの代償は高くついた。でも周りにカムイ・コバヤシは相手が新人であろうと、シューマッハだろうとファイトするドライバーだということをまた知らしめた。
「体は大丈夫？　お尻とか腰にきたんじゃない」
レース後に話しかけた。セダンならなんともないがあの高い縁石をまたいでいった衝撃は、僕なりに想像できる。
「いやあ平気でしたよ。でも乗用車で乗り越えるとどんな感じなんです？」
逆に小林君に質問された。
「ウン、車は斜めに傾いて、前は見えなくなるね」
そう答えると、彼もよく見えなかったと小声で呟いた。
ワンプレーのミスから彼自身が何を感じ、何を学んでいけるか。新人10戦目、初カナダの痛い教訓を活かせればクラッシュの代償は取り戻せる。そんな願いを込めて夕方パドックで「次のバレンシアでがんばろう」と笑いながら別れた。

4位ベッテルと5位ウェバーには笑顔はなく、3位アロンソもそうだった。予選後ギアボックス交換トラブルによって2位から7位に降格したウェバー、また問題が発生した。彼らのタイヤチョイスは予選をミディアムで行き（スタートもこれになる）、やや消極的な作戦を取った。レースではタイヤマッチングに迷いがあり、第2スティントでウェバーにはミディアムを、ベッテルにはスーパーソフトを履かせた。これも上手ではない作戦だ。しかも、1位でハミルトンを11秒以上リードしていたウェバーの第3スティント・タイミングがずれ、結局5位に下がってしまった。さらにベッテルには中盤からギアシフトに異常事態が起こり、タイムペースが乱れた。こうした不具合が生じると、さすがのベッテルも参る。集中力が途切れがちでクラッシュの不安を抱かせたが、それはなんとか避けて4位に…。

一方アロンソは彼らしい巧妙なゲーム展開を見せ、マクラ―レン1－2を阻むチャンスを狙って追った。が、28周目ピットインラップでＪ・トゥルーリに引っ掛かりタイムロス、4秒2の停止時間は素早かったのにハミルトンに前に出られてしまう。さらに56周目、6コーナーで今度はＫ・チャンドックにひっかかり、加速が鈍ったところをバトンに前に行かれてしまった。あれはマクラーレン・バトンが速かったというよりも、チャンドックがいたから一瞬アロンソが“失速”したせいだ。勝負師アロンソは表彰台で一応の笑顔を見せて悔しさをかみ殺していたが、マシンもチームもピットクルーたちも（自分も）ベストで戦いながら、二つの“不運”が重なって25点を取り損ねた結果に、内心は怒り狂っていたのである。

かくしてマクラーレンはまんまと1－2をいただき、ハミルトンはすっかり有頂天に。スピードボーイはいったん調子付くと勢いに乗って天まで昇るタイプ、バレンシアで“ハットトリック3連勝”をやってみせると宣言するほど強気だ。地道にマシン開発を続けながら、レースの流れを読み、全くトラブルフリーでハミルトンをのびのびと走らせる名門チームが、反撃攻勢に転じたカナダであった。

      
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